お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:58 人 文字数:2274字 評価:0人

怖いもの見たさ
 DVDショップで悪趣味なホラー映画を二、三借りてから、少年は商店街に寄り道をすることにした。まっすぐに帰宅してもよかったのだが、いくらかでも楽しみはあとにとっておきたかった。熟成させるような気持ちだ。カレーは二日目がおいしい。
 レンタル料で小遣いは心もとなくなっていたので、買い物する気はなかった。ださい婦人服を売る服屋の隣、むかしの玩具を取り扱う店の二階にクラスメイトが住んでいた。ネジ回しのブリキの玩具について熱心に語っている店員と客の横を通り抜ける際、店員のほうに会釈しておく。クラスメイトの親だ。窓と手すりがなく、クラスメイトが子供のころよく転げ落ちたという暗くて急な階段をあがれば、いかにも店舗の二階にある感じの殺風景な住居に出る。
「怖がらせにきたよ」
 畳に腹ばいになって退屈そうに携帯ゲームをしていたクラスメイトに声をかける。かっこうの暇つぶしが少年とともにやってきたのを知ると、彼はゲームを放り出して顔を輝かせた。
 貧乏そうな家はたいてい、AV機器に金をかけている。例に漏れず、大画面と最先端のプレイヤーを居間に備えていた。
 ふたりの少年はDVDのパッケージを並べ、どれを最初に観るかで揉めた。
「それは大本命だから、家でゆっくり観たいんだ」
「ゆっくり観るためにうちに来たんじゃないの」
「きみ、大事なところで解説求めてくるだろ。だから面白くなさそうなものだけ先に消化しようと思って。楽しみはあとに……」
「あいにくだけど、うちではカレーは一日で全部食べきるんだ」
 郷に入っては郷に従え、で、友人宅にいるときはなんとなくその家のルールが適用される。しぶしぶ、少年は一番怖そうで、一番趣味の悪い煽り文句の作品をを再生した。
 観るのはB級と決めていた。一度にいくつも借りるには、最新作でなく、安い旧作になる。話はだいたい面白くないが、思春期に特有の、グロテスクさと暴力への欲求を満たすには、ストーリーは二の次でよかった。
 それでも、観ているうちに、横からごちゃごちゃ言われると集中できない。
「ねえ、この女、なにがしたいのかな」
 カーテンを閉じ、真っ暗にした部屋で隣から聞いてくる。映画のなかでは、代理ミュンヒハウゼンの女が自分の子供を虐待して次第に狂っていく、ホラーというよりサスペンス色の強い展開が進行していた。
「周囲の関心を引きたいんだよ。子供が病気で、自分はその面倒を観ている健気で苦労している母親として見られたいんだ」
「それ、母親が病気なんじゃないの」
「だから、そういう話なんだって」
 はじめから観ていればちゃんとわかるはずなのに、必ず説明を求めてくるのは、最初から理解を放棄しているとしか思えない。事実、そうなのだろう。質問すれば答えてくれるわけだから、自分で頭を使わなくて済む。
 会話しているうちに、見せ場に入っていた。狂った女の顔がねじれ、人体の内部が見え隠れする、無残な姿となる。女の内面のさまを視覚的に表現した演出だが、映画のなかでは最も気味の悪いシーンだ。ねじれた内面が顔面にあらわれる必然性はこれまでなかったので、展開としては唐突だが、筋書きの適当な映画ではよくある。口と目が逆さになったみたいな不気味さを見て、少年は映画を借りた目的を達して満足した。
「どういう意味?」
 クライマックスが終わり、エンドロールが流れて、友人が首をかしげるのにも、余裕ができて答えてもやれた。
「思い通りにいかない周囲と、うすうす気づいている自分の異常さ、それを認めたくない自分とに引き裂かれそうってことかな」
「じっさいに顔を引き裂く必要性は?」
「ないけど、怖いからいいだろ」
 釈然としないような顔をしていたが、そろそろ夕暮れが近づき、帰る時刻だった。電灯をつければ、クラスメイトの顔が浮かび上がる。映画の余韻として、一瞬、その顔がねじれて引き裂かれたものに見えたが、急に明るくなったことによる錯覚だった。
「子供のころさ」
 と彼は言った。「階段から落ちて額を切ったんだよね。今でも縫いあとが残ってる」
 前髪を掻きあげてみせると、傷跡がうっすら残っていた。クラスメイトがいつでも陰気に髪を伸ばしているのはそのせいかと思う。暴力的な想像が頭に沸いてきて、そのあたりのハサミを手にとって額を切り開いてやりたい衝動に駆られる。
 もちろんそんなことはしない。
「階段は気をつけて降りなよ」
「うん。きみも帰りは気をつけて」
 部屋の出口で見送るクラスメイトはにやにやしながら少年を見つめた。少年は自分も同じような笑顔だろうと考える。
 二階からの明かりさえ届かない。真っ暗な階段を降りるときも、いぜんとして余韻は残っていた。一歩踏み外し、自分は階段の角で頭を切る。大量の血にまみれる。そんな未来を思い描きながら、無事に降りきった。一階の店舗に出ると、客と値段の交渉で揉めたすえに、ブリキで脳天をかち割られた店員が血みどろになっている、といった想像をした。ガラス戸を開ける前から、友人の親があくびをして紙幣を数えているのはわかっていたが。
 なにごとも起きるわけはない。わかっていても、映画を引きずっておそろしい想像ばかりするのが楽しみだった。いつか余韻がすばらしくグロテスクなものを現実に目に見せてくれるかもしれない。期待しながら、友人と意味深に脅かしあう。行き場のない衝動の正しい発散の仕方だ。自分でそうした無意味な演出をする一線を越えさえしなければ、いつまでも楽しめる。









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