お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:30 人 文字数:2274字 評価:0人

怖いもの見たさ
 DVDショップで悪趣味なホラー映画を二、三借りてから、少年は商店街に寄り道をすることにした。まっすぐに帰宅してもよかったのだが、いくらかでも楽しみはあとにとっておきたかった。熟成させるような気持ちだ。カレーは二日目がおいしい。
 レンタル料で小遣いは心もとなくなっていたので、買い物する気はなかった。ださい婦人服を売る服屋の隣、むかしの玩具を取り扱う店の二階にクラスメイトが住んでいた。ネジ回しのブリキの玩具について熱心に語っている店員と客の横を通り抜ける際、店員のほうに会釈しておく。クラスメイトの親だ。窓と手すりがなく、クラスメイトが子供のころよく転げ落ちたという暗くて急な階段をあがれば、いかにも店舗の二階にある感じの殺風景な住居に出る。
「怖がらせにきたよ」
 畳に腹ばいになって退屈そうに携帯ゲームをしていたクラスメイトに声をかける。かっこうの暇つぶしが少年とともにやってきたのを知ると、彼はゲームを放り出して顔を輝かせた。
 貧乏そうな家はたいてい、AV機器に金をかけている。例に漏れず、大画面と最先端のプレイヤーを居間に備えていた。
 ふたりの少年はDVDのパッケージを並べ、どれを最初に観るかで揉めた。
「それは大本命だから、家でゆっくり観たいんだ」
「ゆっくり観るためにうちに来たんじゃないの」
「きみ、大事なところで解説求めてくるだろ。だから面白くなさそうなものだけ先に消化しようと思って。楽しみはあとに……」
「あいにくだけど、うちではカレーは一日で全部食べきるんだ」
 郷に入っては郷に従え、で、友人宅にいるときはなんとなくその家のルールが適用される。しぶしぶ、少年は一番怖そうで、一番趣味の悪い煽り文句の作品をを再生した。
 観るのはB級と決めていた。一度にいくつも借りるには、最新作でなく、安い旧作になる。話はだいたい面白くないが、思春期に特有の、グロテスクさと暴力への欲求を満たすには、ストーリーは二の次でよかった。
 それでも、観ているうちに、横からごちゃごちゃ言われると集中できない。
「ねえ、この女、なにがしたいのかな」
 カーテンを閉じ、真っ暗にした部屋で隣から聞いてくる。映画のなかでは、代理ミュンヒハウゼンの女が自分の子供を虐待して次第に狂っていく、ホラーというよりサスペンス色の強い展開が進行していた。
「周囲の関心を引きたいんだよ。子供が病気で、自分はその面倒を観ている健気で苦労している母親として見られたいんだ」
「それ、母親が病気なんじゃないの」
「だから、そういう話なんだって」
 はじめから観ていればちゃんとわかるはずなのに、必ず説明を求めてくるのは、最初から理解を放棄しているとしか思えない。事実、そうなのだろう。質問すれば答えてくれるわけだから、自分で頭を使わなくて済む。
 会話しているうちに、見せ場に入っていた。狂った女の顔がねじれ、人体の内部が見え隠れする、無残な姿となる。女の内面のさまを視覚的に表現した演出だが、映画のなかでは最も気味の悪いシーンだ。ねじれた内面が顔面にあらわれる必然性はこれまでなかったので、展開としては唐突だが、筋書きの適当な映画ではよくある。口と目が逆さになったみたいな不気味さを見て、少年は映画を借りた目的を達して満足した。
「どういう意味?」
 クライマックスが終わり、エンドロールが流れて、友人が首をかしげるのにも、余裕ができて答えてもやれた。
「思い通りにいかない周囲と、うすうす気づいている自分の異常さ、それを認めたくない自分とに引き裂かれそうってことかな」
「じっさいに顔を引き裂く必要性は?」
「ないけど、怖いからいいだろ」
 釈然としないような顔をしていたが、そろそろ夕暮れが近づき、帰る時刻だった。電灯をつければ、クラスメイトの顔が浮かび上がる。映画の余韻として、一瞬、その顔がねじれて引き裂かれたものに見えたが、急に明るくなったことによる錯覚だった。
「子供のころさ」
 と彼は言った。「階段から落ちて額を切ったんだよね。今でも縫いあとが残ってる」
 前髪を掻きあげてみせると、傷跡がうっすら残っていた。クラスメイトがいつでも陰気に髪を伸ばしているのはそのせいかと思う。暴力的な想像が頭に沸いてきて、そのあたりのハサミを手にとって額を切り開いてやりたい衝動に駆られる。
 もちろんそんなことはしない。
「階段は気をつけて降りなよ」
「うん。きみも帰りは気をつけて」
 部屋の出口で見送るクラスメイトはにやにやしながら少年を見つめた。少年は自分も同じような笑顔だろうと考える。
 二階からの明かりさえ届かない。真っ暗な階段を降りるときも、いぜんとして余韻は残っていた。一歩踏み外し、自分は階段の角で頭を切る。大量の血にまみれる。そんな未来を思い描きながら、無事に降りきった。一階の店舗に出ると、客と値段の交渉で揉めたすえに、ブリキで脳天をかち割られた店員が血みどろになっている、といった想像をした。ガラス戸を開ける前から、友人の親があくびをして紙幣を数えているのはわかっていたが。
 なにごとも起きるわけはない。わかっていても、映画を引きずっておそろしい想像ばかりするのが楽しみだった。いつか余韻がすばらしくグロテスクなものを現実に目に見せてくれるかもしれない。期待しながら、友人と意味深に脅かしあう。行き場のない衝動の正しい発散の仕方だ。自分でそうした無意味な演出をする一線を越えさえしなければ、いつまでも楽しめる。









作者にコメント

対戦作品一覧


ユーザーアイコン
作者:ぽつタイプライター お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:83 人 文字数:1511字 評価:4人
古びた居酒屋の電子ディスプレイに映し出されたアイドル。壊れかけたロボット・アイドルが、ロボット特有の音域で叫び、かすれた声で歌っている。 痛々しい声だと思った 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:らび お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:37 人 文字数:1796字 評価:3人
「おーい!」 レイが病棟の屋上で大声をあげる。運動場の患者たちが全員顔をあげると、彼女は満足げにうなずく。 「今日は、ここから飛ぼうと思いまーす!」 観衆は心 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:38 人 文字数:2991字 評価:1人
『悪魔を憐れむ歌』というタイトルの映画がある。デンゼル・ワシントンが出ていた。恥ずかしい話、映画の内容はほとんど記憶にない。しかし最後のところだけ覚えている。主 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:解けかけの氷 お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:27 人 文字数:2179字 評価:1人
朝食と晩飯付きで家賃は格安な社宅を出てまで 初めて彼女を見つけたのは地下鉄の駅構内で、小ぶりなリュックサックを担いだ制服姿の彼女が、僕にはこの世の何よりも美し 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:キメキメ! プリキュア お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:20 人 文字数:3164字 評価:1人
「何事もバランスが大切だよね」とヒビキが言うので、私は「しかりぃ~」とアイスコーヒーのストローを咥えて生返事をする。「肉を食いすぎたら野菜を食べる、徹夜で遊んだ 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:忽蘭 お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:41 人 文字数:1824字 評価:1人
彼女の姿を見ていると、時々やるせなくなる。 ◆ 朝十時に僕は目覚める。簡素なパイプベッドから降り、瞼を擦りながら洗面所へと向かい、冷水を洗面器に溜める。そうし 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:inout お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:33 人 文字数:2011字 評価:1人
「お、おはよう」該当男性による挨拶。距離、二メートル二三センチ = 常態よりも約五十センチほど遠い。推察。体調不良のためか → 不健康を示す所感はない。朝のため 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:雨宮ヤスミ お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:50 人 文字数:3011字 評価:1人
ツノダさんって知ってる? うん、そう、怖い話なんだけど、そっか、知らないか……。 ううん、幽霊とかはね、出てこないの。人間が怖い系のヤツ。 聞きたい? うん、 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:kazzy お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:32 人 文字数:581字 評価:0人
ワタシは被害者だと思う。絶対にその認識は揺らがない。揺らいでは、存在の根拠が、ない。 そんな女性患者は多い。医師の片瀬はカルテを外来ナースに渡しながら、ふと軽 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:もりえつりんご お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:38 人 文字数:3217字 評価:0人
[ねじれた女 Woman twisted]ナースコールが響いていた。朝陽に緑が透けるような木漏れ日の落ちた庭は彩度が高く、眼鏡で石板の照り返しを受け止めながら進 〈続きを読む〉

にいの即興 小説


ユーザーアイコン
作者:にい お題:2つの道 必須要素:うっ 制限時間:30分 読者:21 人 文字数:1363字
喉が詰まったような呻き声を聞いた気がした。振り返っても誰もおらず、鬱蒼と茂る森が影を落とすだけだ。わずかでも風が吹けばたちまち騒がしい音を立てそうなのに、まっ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:かゆくなる死 制限時間:15分 読者:14 人 文字数:693字
キンカンを直接嗅ぐとちょっと○ねるような衝撃を感じる、一度経験すれば二度と試そうとは思わないだろう。あの鼻の奥につんとくる、とか生易しい表現では追いつかないく 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:打算的なぐりぐり 制限時間:15分 読者:16 人 文字数:591字
凶鳥の叫びと変わらないような声をあげて、パンダ柄の小さな物体が突進してきた。自分がかわいいことを自覚しているので、あんなあざといパジャマを着るのだ。手足が白黒 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:汚い眠り 必須要素:イケメン 制限時間:1時間 読者:21 人 文字数:2119字 評価:0人
天空のマス目は自由に歩くことができる。なにかの間違いで人目に触れてはならないので、飛行機や人工衛星にぶつからないよう、絶妙の高さに配置されている。当然、上空か 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:当たり前のカリスマ 制限時間:15分 読者:26 人 文字数:723字
空港の到着ロビーに人だかりができていた。女子供が群がって、まるでライブ会場の出待ち状態である。なんて冗談で考えていたのに、顔写真を貼り付けた手作りうちわを振っ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:走る娼婦 制限時間:15分 読者:19 人 文字数:660字
背広を着たサラリーマンは目を丸くしていた。客であるのだからタクシーの後部座席でどんな格好をしていようと自由なのだろうが。なかばずり下がり、靴を置くべき場所に髪 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:30 人 文字数:2274字 評価:0人
DVDショップで悪趣味なホラー映画を二、三借りてから、少年は商店街に寄り道をすることにした。まっすぐに帰宅してもよかったのだが、いくらかでも楽しみはあとにとっ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:安全な紳士 必須要素:美容整形 制限時間:30分 読者:18 人 文字数:1448字
土間で足拭きマットと一体に寝そべっているのでなければ、台所の隅か、もしくはトイレで便器を抱えている。トイレ以外は酒瓶と1セットで、酔っ払っているのがほとんどだ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:にい お題:私と息子 制限時間:15分 読者:30 人 文字数:739字
あまりにも寂しくて、直接の死因もなく残りの寿命も無視して孤独死を迎えそうになったので、なんとか手を打つことにした。謎の死因ほど医者を困らせるものもないだろう。 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
お持ち帰り ※未完
作者:にい お題:汚れた神様 必須要素:村上春樹 制限時間:1時間 読者:28 人 文字数:2355字 評価:1人
観光地で買ったお土産を亜美は大切に持ち帰ったつもりだった。店員に包装を二重にしてもらって、布の手提げで包んだうえに、さらにかばんの一番潰れないスペースに入れた 〈続きを読む〉