お題:ねじれた女 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:70 人 文字数:3011字 評価:1人

ツノダさんの正解
 ツノダさんって知ってる?
 うん、そう、怖い話なんだけど、そっか、知らないか……。
 ううん、幽霊とかはね、出てこないの。人間が怖い系のヤツ。
 聞きたい? うん、じゃあ話すね。
 あるところに、ツノダさんという女の人がいました。シングルマザーで、お父さんの分からない子どもと二人で暮らしていました。
 ツノダさんはパートで働いていて、決して生活は豊かではありませんでしたが、子どもを大変かわいがり、子どもも母親であるツノダさんに懐いていました。
 しかし、ある時悲しい出来事がツノダさんを襲います。
 子どもが亡くなってしまったのです。
 ツノダさんは大変に悲しみ、泣いて泣いて泣き暮らしました。
 ツノダさんの周りの人たちは、そんな彼女を大層哀れに思い、とても優しくしてくれました。
 「シングルマザーなんて、私生活が荒れていたに違いない」と普段は眉をひそめていた人たちも、子を失って嘆くツノダさんの姿に心を打たれ、何かとよくしてくれるようになりました。
 周りの人たちの助けもあってか、ツノダさんは少し元気になりました。でも、「いつまでも好意に甘えてはいられない」とその町を去りました。
 何年かして、また別の町でツノダさんは子どもを授かりました。また、お父さんの分からない子どもでした。やっぱり一人で仕事をしながら、ツノダさんは子育てをしました。
 けれど、その二番目の子も亡くなってしまいます。ツノダさんは大層嘆き悲しみました。
 今度も、近所の人たちは優しくしてくれて、徐々にその悲しみも癒されていきます。
 立ち直った頃に、またツノダさんは別の町に引っ越しました。そして、やっぱりお父さんの分からない子を産んで、育て始めました……。



 私はここで電車を降りた。
 だから、隣の女子高生がしゃべっていたこの話の続きは分からない。
 ネットで検索をかけてみても出てこない。「角田さん」「津野田さん」「つのださん」といろいろ試したが、ダメだ。あの子のオリジナルの怪談なのか、それとも地域性のある話なのか。
 多分、と私は推測する。
 ツノダさんは三番目の子も亡くすのだろう。そして四番目の子も同じように亡くす。
 その後の展開は、二つほど考えられる。
 一つは、そういう呪いがかかっていた、というパターン。この場合、ツノダさんの生まれ故郷の収去施設に行って、年寄りの神主か住職あるいは集落の長老辺りに怒られ、由来が説明されるといった展開になるだろう。
 もう一つは、ツノダさんがノイローゼに罹るパターン。何度も子どもが死んでしまったことで精神を病み、街にいる他の子どもを自分の子どもと思い込んでさらう怪人になってしまった、なんてオチなら猟奇的で恐ろしい。
 確か、あの女子高生は「幽霊とかは出てこない」と言っていたはずなので、後者だろうか。
 子どもをさらう怪人と考えると、背筋が冷える。ついこの間、第一子の生まれた私にとっては尚更だ。あの女子高生たちよりも現実感を持って、ツノダさんが恐ろしく思えてきた。
 早く帰ろう。妻が、かわいい我が子と待っている。



 え? 全然怖くない?
 じゃあ、質問ね。
 ツノダさんって、何でこんなこと繰り返してたんだろうね。
 呪われてる? うーん、幽霊系の話じゃないんだな。
 正解は、「子どもが死ぬことで自分が心配されるのが忘れられなかったから、心配してもらうために子どもを殺していた」でしたー。
 分かるわけないって? そうだよね。
 これ、分かった方がダメなタイプの問題なんだよ。
 どう? 怖くない?
 ちょっと、ゾッとしたよね。
 あたし?
 うん、不正解だったよ。
 てか、正解出せる人いるのかなあ……。



 家に帰って、ツノダさんの話を妻にすると、夕食の支度をしてくれている彼女は「うーん、その推測は違うんじゃないかな」と異を唱えた。
「違う結末を、君は想像したのかい?」
「そうね。そもそも、ツノダさんの子どもは、何で死んだんだろうね」
 私は首をひねった。死因に関しての情報は全くなかったはずだ。
「思うんだけどね、子どもはツノダさんが殺してるんじゃないかな?」
 物騒なことを言い出したので、驚いて私は振り返った。
「自分の、かわいがってた子どもを、かい?」
 火口に向かっている妻の、表情は見えない。
「一人目はね、もしかしたら、本当にかわいがっていて、事故か何かで亡くなったのかもしれない」
 妻はこちらを向かずに話を続ける。
「その時に、とっても周りから心配してもらえて、優しくしてもらえて、嬉しかったんじゃないかな? シングルマザーということで風当たりも強くて、しかも誰の子とも分からないような子を産んじゃう生活をしてたんでしょ? 相当精神的に寂しい人だったんじゃないかな?」
 妻の分析は的確なように聞こえた。
「だから、同じように優しくしてもらうために、二人目にできた子も……」
「いいえ。同じように優しくしてもらうために、殺すために産んだのよ、二人目以降は」
 きっぱりと否定してからの、一層恐ろしい推測。こちらに背を向けている妻は今、私の知らない顔をした女のように思えてきた。

 不意にそこで、泣き声がした。赤ん坊の声だ。「はいはい」と妻はフライパンの火を止めて、私の座るソファの隣のベビーベッドに駆け付けた。
 その横顔が、私のよく知る妻のもので、少しホッとした。
 妻は育児を頑張ってくれている。付き合い始めた頃の彼女は、ひどく無機質に見えた。ただ、その孤高というか侵しがたい感じに、私は最初は惹かれたのだった。
 仕事以外に楽しみがないといった感じの人で、「子どもが生まれてもすぐに働きたい、むしろ働くためには子どもはいらない」なんて言っていた。
 だが、付き合う中で変わっていた。最初は無表情だった彼女も、私と付き合う内に、よく笑ってくれるようになったと思う。
 そんな妻も、今ではいいお母さんだ。妊娠が分かった時には、仕事も育児休業ではなく退職すると決めたようだ。赤ん坊は夜泣きもする。どんな時間であっても起き出して、妻がそれをあやしているのを見ると、いつも頭が下がる思いだ。
「ねえ。人間ってね、優しくしてもらいたくなるものなのよ」
「そうだね」
 妻は子どものおしめを変え始めた。食事の前なのにおしっこのにおいがし始めた。
「あなたは、とても優しくしてくれたわよね」
「そうかな?」
「そうよ」
 嬉しかったもの。そう言う彼女の声は、何だか出会った時のような平坦さで、私は少し背筋が寒くなる。
「でも、今は違うわね。失われてしまったわ、わたしに向けられていたものが」
「そんなことないよ」
「そういうとこあるわ」
 何を言ってるんだ、と私は立ち上がった。仕事して、家にお金を入れているじゃないか。浮気なんて絶対しないし、飲みの誘いも断っている。暴力だって振るわない。何が不満だっていうのか。
 そう言おうとして、私は絶句した。ベビーベッドの中を見てしまったのだ。
「優しさを取り戻したくなるの、無性に。あなたの優しさを。わたしを煩わせるすべての元凶のここをねじってしまえば、それが戻ってくるなら、尚更よね……」
 妻の手は、無防備な私たちの子にかかっていて、今いよいよ力が込められていくところだった。



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