お題:3月の多数派 必須要素:ハッピーエンド 制限時間:1時間 読者:106 人 文字数:1334字 評価:0人

運命のボタン
 それは学校からの帰り道、押しボタンを押した時に起きたことだった。理由もなく、早く家に帰りたいと思っていた。何かの抵抗を撥ね退けるように人差し指に力を込めると「おまちください」という文字が表示される。その文字はどこか不吉な予感のように、僕の網膜に滑り込んだ。
 目の前の交差点に自動車が行き交う。それらは意思を持たず、ただ信号機によって淡々と運ばれているだけのようにも見える。家に帰るつもりで、本当は家に帰らされているみたいだ。そんな自動車が、日常の一部になっている。まるで永遠のようだった。

 ……ふと気づくと、長い間信号が変わっていなかった。押しボタンをもう一度押す。続けてもう一度、もう一度。ドラマでエレベーターに閉じ込められた人が呼び出しボタンを押すみたいに。でも相変わらず信号は赤のままだったし、自動車は右から左へと流れ続けている。
 信号機の故障なのかも、と僕は思う。まあ仕方ないと思い、車がこないタイミングをはかる。赤信号でも別に問題はない。
 そして次の瞬間、意識が途切れた――。

 ◇◆◇◆

 またあの夢か。
 僕はときどき、この信号が変わらない夢を見る。この夢が何を意味しているのか、自分でもよくわからない。ただ、身体中が汗で濡れて気持ち悪いと感じるくらいだ。
 いつものことだと割り切り、着替えてカーテンを開ける。見下ろした公園はすっかりピンク色で彩られている。世間はすっかり春だ。

 桜前線が4月の到来を告げると、学校は慌ただしく新学期を迎える。今日から僕は2年生になる。

「おはよー」

 そして、隣にいるコイツとの登校も2年目になる。友達としても2年目だ。
 実を言うと、僕は彼女に一度告白されたことがある。昨月の終業式のことだ。その日まで「好きな子いないの?」「お別れの季節に告白すると、うまくいく確率は92%増しなんだよ」と事あるごとに言っていた。3月という時期には、ハッピーエンドを約束する行為がたくさんあるようだ。
 でも、まさか僕にするとは思っていなかった。僕は彼女の告白を受けるわけにはいかなかった。あの夢が気がかりだったからだ。

 彼女と知り合ったのは1年前、高校の入学式の日だった。前日にgoogleマップで予習した通学路を歩いてると、少し前に彼女がいた。男の僕の方が歩幅が大きいのか、だんだんと彼女との距離が近づく。そして押しボタン信号のある交差点で、肩を並べて止まった。
 赤信号のまま長い時間が経つ。入学式までは時間があるけど、なにせ初めての登校だから、どれくらいの余裕があるのかわからなかった。あと何分までなら待てるのか――と考えていると、急に目の端に人影がよぎった。僕は咄嗟にその手を掴んでいた。

 あの時は無我夢中だったけど、もしかしたら彼女は死のうとしていたのかもしれない。3月に何か嫌なことがあって、それが彼女の身体を這いずり回っていたのかもしれない。
 今隣にいる彼女は笑っているけど、それがどこから来ているのか、僕には確かめようがない。

 僕達はいつものように交差点につく。赤信号に気だるさを感じながら押しボタンを押す。さて、次の3月までハッピーエンドを待ち続けるか――それとも――。

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