お題:フハハハハ!それは猫 制限時間:4時間 読者:401 人 文字数:4846字

猫も食わない
神様。
里奈ちゃんはアタシのことが本当に好きなんでしょうか。
「なにいってんのバカップルのくせに」
心底ばからしそうにハナちゃんはパフェをほおばる。白いクリームと赤いイチゴのやつ。ちなみにふたつめ。ハナちゃん曰く、生クリームは別腹、らしい。前に天高くもられたパフェを三つ平らげて、隣に座っていたサトルくんの胃をもたれさせていた。そのときも隣に里奈ちゃんがいたな、なんて思ってまたため息が出た。
「だって最近つれないし」
「いつもじゃない?」
「そんなことないわよ! そんなところも好きだけど!」
そう、最近里奈ちゃんはつれない。いつもつれない、と言われてしまえばそれまでだけれど。最近一緒に帰ってくれない、とか。おやすみの日も一緒にいてくれない、とか。
「浮気? ねえ浮気? 浮気よねこれ? どうしようハナちゃん?」
「どうしようもないねえ」
「アタシの何が不満だっていうのよ!」
「そういうところじゃない?」
ふたつめのパフェを平らげ、メニューを開きながらハナちゃんは言う。完全に心ここにあらず。ちゃんと聞いてよ! と言うと聞いてる聞いてる、といいながら店員さんの呼び出しボタンを押した。次は抹茶パフェらしい。顔のいいウェイターさんを見送ってから、そのやわらかいほっぺたをひっぱった。
「いひゃひゃ」
「そういうところってどういうところか、ちょっとお姉ちゃんに教えてみなさいハ~ナちゃん?」
「おねえちゃんっていうかオネエっていうか、あ、いひゃひゃやめへふらひゃい」
離してあげると、ハナちゃんはふわふわのほっぺたをかばうように手で押さえた。ファンデーションとチークの乗った、女の子のような頬。その様子を見ながら、ああ里奈ちゃんに会いたい、なんて思ってしまう。恋愛より友情のほうが大事、みたいなひともいるけれど、アタシは絶対に恋愛のためにすべて投げ出してしまうタイプだわ。
里奈ちゃんは、どうだろう。確実にわたしと同じタイプでは、ない。友情でも、ない気がする。自己中心的とは違う気もするけど、里奈ちゃんの世界の中心は、確実に里奈ちゃん本人だもの。
「そういうところ、ってそういうところよ」
ちょっとふてくされたような表情で、ハナちゃんは言う。
「アンちゃんはもっと里奈ちゃんのことを信用してあげてもいいんじゃない?」
「……どういうこと?」
「里奈ちゃんは里奈ちゃんなりに、アンちゃんのこと好きだと思うよ、って話。アンちゃんったらすぐ浮気だなんだって騒ぐんだもん。ねえサトル?」
ハナちゃんが、テーブルの隣に立ったウェイターを見上げる。抹茶パフェをお盆に乗せたサトルくんが、えっ、と肩をはねさせた。
「俺にふるの? 抹茶パフェおまたせしました」
「このあいだもプリンいっしょに食べてただけで大騒ぎになったじゃない」
「だって……」
だって、本当に不安になったんだもの。ハナちゃんだって見た目は美少女だけど股間には男のものがついてるれっきとした男性だし。しかもその隣には、バイトするだけでその店の売り上げをあげてしまうレベルのイケメン・サトルくんがいる。
対してアタシになにがあるっていうの。背は高い。でもそれくらいで、しかもこんなんだ。
美男美女(一見)は、あっサトル、サトルも参加しよ。ほらどうぞ。いや俺バイト中だし。注文はサトルくんでお願いします!。却下。なんてバカップルを見せつけてくる。実際ふたりは付き合ってないんだから、そんなのアタシの思い込みなんだけど。
でも、でも。
「……アンちゃん?」
バカップルを中断して、ハナちゃんがアタシを覗き込んでくる。揺れてる視界の隅で、サトルくんが戸惑ったのがかろうじて見えた。ぽろり、と涙が頬を転げ落ちていく感覚に慌てて顔を覆う。ブサイクが泣いたって一銭にもならない。
思い込みかもしれない。でもどうしたってとまらない。困ったように頭を撫でてくれるハナちゃんの、それでもやっぱり男の子の手に、また涙があふれた。
「アタシ、みちゃったの。里奈ちゃんが、学部も違う知らない男とおしゃべりしてるとこ」
「でも、それは」
「笑顔だったの。すごく」
その時の里奈ちゃん、恋しちゃうくらい、かわいい笑顔だったの。


***


「なにこの展開」
バイトあがりにスマホをみたら、通知がものすごいことになっていた。要約してどこどこの喫茶店にいるから今すぐ来いという連絡。それだけなら、存在しない所用でお断りするんだけど、それがハナちゃんだけじゃなくあのサトルくんからもきていたので、何があったのかと駆けつけた。グッバイわたしと野良猫ちゃんのラブラブタイム。なんて、最近仲良くしている黒猫ちゃんのことを考えながら駆けつけた喫茶店には、しくしく泣いてる安吾と、ちょっと不機嫌なハナちゃんと、空になった五つのパフェグラスが待っていた。
「おまたせしました」
と言って、ウェイター姿のサトルくんまでもが、バナナの乗ったパフェを持ってやってきた。イケメンのウェイター姿だ。眼福。そしてすれ違いざまに小声で「がんばって」と言われた。イケメンにがんばってとか言われたらがんばっちゃうよね。なにをがんばれっていうんだろうこの喫茶店で。
「で、何?」
「浮気調査をします」
浮気調査って面と向かってされるものだったっけ。
まあ座りなさい、と言われたので、泣いている安吾の隣に座る。安吾が泣くことはめったにない。だから少し、いやだいぶ、不安な気持ちになる。三か月に一回は浮気を疑われているけど(もちろんそれが事実だったことは一度もない)、泣いていたことなんてあっただろうか。
「単刀直入に聞くけど、里奈ちゃん浮気してる?」
「してないよ」
「うん、でもね、アンちゃんがね、浮気してるとこみたって」
「それ今のところ十割勘違いだけど……、うん、どういうとこ?」
ハナちゃんは裁判官のような顔をして、安吾に発言を促す。安吾は鼻をすすりながら、ぐずぐすと発言する。
「……里奈ちゃんが、しらない男としゃべってたとこ」
「そらしゃべるよ共学なんだから」
「アンちゃん、どんなとこみたの?」
「共通棟のとこ……お庭になってる、とこで」
共通棟、は、その名の通りいろんな学部の生徒がごったがえす人種のるつぼみたいなところだ。一般教養の授業を受けるところ。うちの大学は総合大学を名乗っているので、そりゃあもういろんな人がいる。お庭となると、あちらこちらで弁当を広げていたりカップルがいちゃついていたり、ごはんを貰えると知っている野良猫がそこかしこでくつろいでいたりもする。
もちろん、わたしもそこでくつろいだりパンをたべたりする。同じ授業をとっている友達と談笑したりもする。でもわたしの交友関係は大概安吾に把握されているので、しらない男、というと心当たりがない。
「思い当たる?」
「うーん……正直全然……。そのときわたしどんな感じだった?」
「笑ってた……すごいかわいく笑ってた。すごく……」
そういって当日を思い出したのか、安吾がまた目を潤ませる。なんか褒められてるんだか、なんなんだか。普段なら恥ずかしさのあまり距離を置くところなんだけど、状況が状況なので追及する。
「笑ってたの。どんな感じに?」
「かわいく……」
「いやそこは聞いてないんだけど。爆笑?」
「ううん、なんか、こう、ふわっと」
「ふわっと? 会話の流れで笑ったとかじゃなくて?」
「うん。男の顔は見えなかったの。里奈ちゃんがベンチに座ってるとこに、お、男が駆け寄っていって、りなちゃんが、わ、わらっ……」
「ああんもう、アンちゃん泣かないで」
「男と里奈ちゃん、すごい至近距離まで近づいたの! もう我慢できなくて、アタシ、アタシ…!!」
「わたしがベンチに座ってるとこに……?」
ふと。わたしは頭の隅に心当たりをみつけた。わたしがベンチに座っているところに、駆け寄ってきた男。その一瞬前。
「猫だよそれ!」
「猫じゃないわよ! 人間だった!」
「違うそういうことじゃない!」
でもわかった、あのときか。ああすっきりした! やっぱり断じて浮気じゃない。
「え!? まってちょっとどういうこと? 里奈ちゃん猫と浮気したの?」
すっかり混乱したハナちゃんが言う。それはちょっと当たってるかもしれなかった。
「えっと、安吾とハナちゃんはさ、猫飼くん知らない?」
「ああ、あの、入学式に猫連れてきたって伝説の」
「そうそう。何学部だったか忘れちゃったし、良く考えたら本名も知らないし、わたしもそのとき初めて会話したんだけど。その日も飼い猫が大学まできちゃったんだって」
その日、わたしは日向ぼっこを楽しんでいた。やわらかい日差しが気持ちの良い日。なんで共通棟の庭にいたって、ベンチに腰かけたわたしの膝には猫が陣取っていたからだ。
「その猫が猫飼くんの猫?」
「ううん、それは野良猫」
このまま寝そう、なんて思いながら、膝の上の黒猫の背を撫でていた。そのわたしの足元に、にゃあん、と白と茶色のもようの猫がすり寄ってきた。大学にいついた野良猫かな? と思ったけれど、その子には首輪が付いている。そしてその子は、わたしの隣にぴょんと飛び乗って、膝の上の黒猫ににゃうにゃうと何かを訴えた。
「その描写必要?」
「かわいかったからいるかなって思って。いらないなら省くよ」
「……かわいいって言ってる里奈ちゃんがかわいいから続けて……」
「元気そうねアンちゃん」
すると黒猫はぴょんとわたしの膝を飛び降り、白茶の猫はそれを見るや否やわたしの膝に座り込んだ。なんだろう、わたしは猫の椅子になってしまったんだろうか。言葉に言い表せない至福を感じながら、わたしはその白茶の背中をなでなでしていた。
「そしたら猫飼くんが走ってきたの」
「本当に要らなかったねさっきの描写」
猫飼くんはわたしの前に立って、アムさん探したよ、と言った。アムさん、というのが、白茶ちゃんの名前らしかった。アムさんはわたしの膝でくああっとあくびをして、猫飼くんの言葉をしかとした。無視された猫飼くんは困ったように眉をさげて、そこで初めてわたしの存在に気が付いたみたいに目を見開いた。戸惑った顔のまま、猫飼くんはわたしに一歩近づいて、アムさんはそれを一瞥してわたしにすり寄った。もっと撫でて、と言うように。
「それがもうなんというかめちゃくちゃかわいくて、つい笑っちゃったよね」
わたしはアムさんを抱え上げて、この猫飼ってるの、と聞いた。猫飼くんはぼそぼそと、同居人が飼ってる、と答えた。「だからアムさんは、俺をヒエラルキーの最下層に置いてるんだよね」と言って、ちょっと情けない顔をした。まあその辺は、本当にこの話に関係ないか。
「だから浮気じゃないよ。会話しただけ」
「笑顔になったのも」
「アムさんかわいくてね……美猫だった……」
丁寧にケアされているんだろう、きれいな毛並みの猫。女王様みたいなわがままも、そうふるまえるのは、ヒエラルキーとかじゃなくて飼い主の愛を感じてるんだろうな、とか考えてしまう。見知らぬ女の膝を占拠してるのが、人に愛されてる証拠だ。黒猫ちゃんを手懐けるまで時間がかかったわたしが言うんだから間違いない。
「うっとりしてる里奈ちゃんもかわいい……」
「そうなの、かわいい猫だったの……アムさんちゃんこないだも同じベンチにいたから、今度は安吾も見においでよ」
「行く! うれしい、最近里奈ちゃんかまってくれなかったから……」
「最近ね、猫と遊ぶのにハマってるの。黒い野良なんだけど」
「里奈ちゃん、ちょっと待って。安吾と里奈ちゃんに言いたいことがあるの。いい?」
ハナちゃんはすごく真剣な顔をして、わたしたちをみた。あまりに真面目な顔だったので、わたしは口をつぐんだ。ハナちゃんはしびれを切らしたように叫んだ。
「やっぱりバカップルじゃんか!」
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