お題:強い映画館 必須要素:ケチャップ 制限時間:1時間 読者:185 人 文字数:2518字

至上最強のハコ
 国中で一番集客がある映画館はいったいどこなのだろう。
 作品別のランキングなら、週末ごとに興行通信社というところがレポートを出している。Yahoo映画のランキングも、テレビのランキングなんかもここのデータを使っている。このランキングの伝統は古く、集計を行っている興行通信社の設立が1951年3月とあるから、設立当初から、とは言わないまでも、おそらくは日本戦後の映画興行のほぼすべてを握っているに違いない、と思われた。
 興行通信社のサイトは案外とそっけなく、会社の沿革などといった口幅ったいものは掲載されていないため、こういうどうでもいいような豆知識を確認できないのは歯がゆいが、その情報精度のスピードとパワーは本物だ。初日の集計から今日までの歴代ランキングは頻繁に更新され、最新の情報が2015年6月22日となっている。戦後の映画の興行成績のトップ100がほぼリアルタイムで解る、というのも、よく考えるとすごいことであろう。

 とはいえ。

 本当に恐るべき映画館の存在については、この興行通信社も知るところにない。
 いや、知っていて敢えて泳がせているのかもしれない。公式サイトにも書いてある。「全国9大主要都市を調査し」。つまり、9代主要都市以外の興行についてはこれ考慮しない、ということなのだ。
 といって、その恐るべき映画館はなにも四国の山奥にある、というわけではない。

 映画業界のお膝元、銀座。戦直後からここには、東京、いや日本を代表する大型のシアターが林立している。東劇。丸の内東映。シネスイッチ銀座。スバル座。絢爛豪華な大劇場からすこし場末感の漂う小さな小屋まで、百花繚乱にひしめいている。銀座に行って喫茶店にありつけないことはあっても映画館に不足することはない。そんな銀座、である。
 ほんとうはない、という九丁目5番地、とそこは呼ばれていた。
 昭和30年代に川底に沈んだ、という9丁目、その5番地というともう今や首都高のいかめしい橋桁に踏みつけられているはずだが、8丁目のある一角にある雑居ビルの階段を3階分も降り、くねくねと続く隘路をみちなりに進むと、そこに突如、絢爛豪華なシアターが現れる。
 こここそが本当の国内一の興行成績を上げる映画館。通称「九丁目シネマ」。本当の名前? 僕はちょっと知らない。誰かもっと詳しい人に聞けば、知っているかもしれないけれど。
 地下の隘路といって、怪しげでまっくらなトンネルのようなものを想像してもらっては困る。ちょっとした地下街のようになっていて、落ち着いて酒の飲めるバルや、コーヒーの美味しい喫茶店、古本屋、呉服屋などが軒を連ね、どこも雰囲気をぶち壊さない程度にいつも繁盛している。親しみやすい雰囲気の中華料理屋など、昼の前後の暇そうな時間にも人が絶えず、皆いつも忙しそうにしている。
 いったい東京は広いといえども、どこからこれほどの人間が湧いて出てきているのだろうか。道行く人の雰囲気もなんだか少し違うようで、確かに皆、銀座あたりをぶらつきそうな趣味の良い風情の人々が多いが、ごくたまに二重回しに着流し、口ひげを蓄えた紳士があったり、トラヤ帽子店あたりでこしらえたような粋なソフトに深々と顔を隠した、妙につやつやした毛が襟足から覗き、にゅっと伸びた鼻面がちらりと見えた御仁も見受けられた。そうかと思うと、次の企画会議に熱心な、いかにもこの辺りの本社ビルで働いているというような映画業界人らしき背広姿、お昼時には首から社員証を下げ、小粋なスーツにすらりとした身を包んだいかにもやりてのプロデューサー、という風情の女性などもうろうろしている。
 その映画館ーー9丁目五番地は、その「参道」を通って行きさえすれば行き止まりにそびえている。
 重たいガラス張りの観音開きの扉を苦労して開けると、中は紅い絨毯が敷き詰められ、シャンデリアの下がった天井の高いロビーがある。防音設備はバッチリ。チケット売り場はロビー奥、最新の話題作から、超マイナーな低予算のアフリカ映画まで、その日のプログラムに合わせて4つあるシアターにかかっているが、ネットでの席予約は2週間分がすぐに埋まってしまうので、もしなにかどうしてもゆっくり席に座ってみたい映画があるのなら、公開情報がアップされたその日の日付が切り替わった瞬間に、予約のボタンを押さねばならない。
 さて。今日は私はなかなか見られなかったとあるハンガリー映画を立ち見で見よう、と小屋を訪れた。立ち見しなければならないが、こちらは当日でも売ってくれる。それでも切符を買うのは公開時間の2時間まで。それ以降は立ち見さえも断られる。
 チケットを買ったら、一旦出て先ほどの「参道」にある珈琲屋で時間をつぶすもよし、昼を挟んでの時間であれば昼ごはんをするのもよいだろう。ケチャップが極上に美味しいナポリタンを頼み、ナッツやチョコレート、何かの花のフレーバーが入り混じったような芳醇・複雑・怪奇な香りを立てるブレンドをすする。そうそう、チケットセンター横のパンフレット売り場で買い求めた、今日の目当ての作品のパンフレットを漫然と繰るのも良い。この2時間もまた至福のひとときである。たばこを一服、上映の20分前には劇場に戻る。すでに目当ての作品を見るために集まった人々で、ロビーはごった返している。黒いタキシードを着たもぎりの青年がうまく客をさばいていた。
「あ、あなたも?」
 立ち見の席の列に並んでぼんやりしていたら、後ろから声を掛けられた。茶色い大きな目が魅力的な、知り合いの女性である。
「ええ。……ここでしかやってないから」
「あら●●さん、うかつですね。来週になれば渋谷でもかかるのに」
 知らなかったんですか? などといわれるが、彼女にいわれるとあまり嫌味じゃない。心からの思いやりで情報を提供したというようなすがすがしさがある。
「やっぱり今週、見たいでしょう」
「ですね」
 にやり、と彼女は笑った。

 さて、そろそろ列が動き出す。では私はここで失礼。何しろ劇場内では、携帯電話の電源は切らなくては行けないので…。

 
作者にコメント

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