お題:かたい夏休み 必須要素:火星 制限時間:30分 読者:199 人 文字数:1436字

311年・第2休暇最終日
 8月31日という日は、大昔はかなり忙しい日だったらしい。
 古いマンガや小説で見ただけで詳しくは知らないけれど、特に私くらいの年齢の少年少女がこの日に泣きながら机にかじりついている描写をよく見かける。
「……うーむ」
 タイトルと名前しか書いていない白紙のレポート用紙をウィンドウに広げ、頭を掻きながら少し悩む。
 そのことを説明するためにはまず『夏休み』という概念を説明しなくてはいけないわけで、更に『夏休み』という概念を説明するためにはまず『夏』を説明しなくてはならない。私の課題は「地球時代における教育制度の時代考証に基づく生活の概略」であって、地学・天文学関係はとんと門外漢だ。

 窓に吊るした風鈴が、ちりんと乾いた音を立てた。テラフォーミングされた火星にも風は吹く。気圧差がどこから生まれているのか、ひょっとしたら人工的に作り出しているものなのか、それさえも私は知らない。のどかな緑が規則的に配置された点描のような景色を見るのを「風情」と呼ぶことを、地球時代の先祖達は許してくれるだろうか?



 西暦7801年。
 西暦なんて単語が滅びていないのも今となっては驚きだ。火星歴で言えば311年。人類は完全に管理された太陽系第4惑星への定住を成功させた。政治的な理由か環境的な理由か、とっぷり教育されたはずなのだが余り覚えていない。ただ、耳にタコができるほど聞かされたフレーズとして「地球は捨てられた」という言葉だけがリフレインされる。

 火星時代になっても教育制度はあり、教育制度があるならつまり学校があり、学校があるならそれはすなわち宿題なるものが存在するわけで、私が朝っぱらから全地火資料アーカイブスから適当な地球時代資料を紐解いて流し読みしているのも全てそのためである。
「『地球時代の教育制度と現代火星時代の教育制度の違いとして第一に上げられることは、そのカリキュラムと実施日程がその土地の気候に大きく依存していた点である』・・・」
 わざと長ったらしい書き方をして文字数を稼いでみる。今日は用紙4ページまで言ったら休憩だ。机の脇のジューサーには、薄く青みがかった養水が入ったグラスが置かれている。そっと手に取り少しだけ口をつけた。

「『例として私達第81地区の祖先・祖国であるところの「日本」を挙げる。都市圏は緯度130°後半から140°前半ほどにあり、太陽黄経が45°から120°までの気温が特に上昇する時期を「夏」と呼び、この逆を「冬」と呼ぶ。ここでは、気候が著しく厳しい時期になる時期に合わせて長期の休暇を儲ける教育システムが一般的となっており、これをそれぞれ「夏休み」「冬休み」と呼んだ』・・・」
 一気にそこまで書き上げてキーシートから手を放す。まずここまで調べるのに全く興味のない分野の資料を4つは開いている。重労働だ。一旦伸びをして再び窓の外に顔を向けてみる。
 太陽の日差しはまだ浅く、直接デスクまで伸びてきている。地球では太陽を肉眼で眺めてはいけなかったらしい。熱防護フィルターを用いないのがちょうどいい環境だったのだ。火星時代最初の詩人ミストラルはこう言った。「我々は太陽に近づくことで、太陽を遠ざけてしまった。しかし小さな太陽は、我々には身近になった」と。私が紙の本として手に入れた唯一のものだ。

 休憩はそろそろやめにしよう。グラスを手に取り、ゆっくりと養水の残りの全部飲み干すと、私は再びディスプレイに向かった。
作者にコメント

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