お題:禁断の父 制限時間:2時間 読者:237 人 文字数:2339字
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禁断設定
 ある日、父が私の前から姿を消した。私と、母と、弟の前から忽然と。何も言わずに去ってしまった父の持ち物も消えていた。それまで、父におかしなところは微塵も感じず、いつもどおりの父だった。不思議と違和感が心に蔓延り、キシキシと音を立てる。歪なそれに耐え忍んで迎えた次の日、違和感は現実のものとなった。

 
 母は笑っていた。まるで幼いときにみた記憶の母と同じ、楽しそうに。弟もいつもと変わらず、無愛想な顔で朝ごはんを食べている。まるで父なんて最初からいなかったみたいに。なにかがおかしい。母が何か知っているのではないのかと思っていた私をいとも簡単に押しつぶすような光景に、言葉も出ない。私も知らないふりをすればいいのだろうか。



次の日、また歪なことが起こった。

「おはよう」
そう声をかけた男の人は、さも当たり前のように新聞を読みながら私に声をかけた。母も男の声に気づいたのか「おはよう、朝ごはんできてるわよ」と声をかけてきた。
 違うよ、お母さん。その人は誰なの。喉に声が詰まって息が出来ない。気づけば背中に汗をかいていて気持ち悪かった。ただ呆然と立ち尽くす私の後ろから、起きてきた弟がリビングにきた。
「おはよ。…お父さん起きるの早いね」
心臓が止まったような気分だ。当たり前のようにそう言った弟は男の向かい側に座って朝ごはんを食べ始めた。いつも通りの朝。これがいつも通りなのか。
 その日の学校は休むことにした。とても行けるような気がしなかったからだ。



 友達にLineで相談してみたところ、全員が嘘だと言った。私も「まぁ、嘘なんだけど」と返せたら良かったのに。「変なこと聞いてごめん」いつものように笑い飛ばせないことが辛くてLineは見ないように携帯の電源を切った。布団の中に潜って外部の音を遮断する。このまま眠ってしまえば、全部夢で終わるかもしれない。そんな微かな希望を抱いて目を閉じても、蘇る朝の光景にとても眠気なんて来なかった。
 父はどこへ行ったのだろう。あの男は誰なの。母と弟は何も知らないのだろうか。私だけが頭を抱えているのが馬鹿みたいに思えてきて、声を殺して泣いた。


 
 既に空は暗くなっていて、明かりをつけようと携帯の電源を入れる。何通かのLine通知に、何も考えずにLineを開いた。どれも私の頭を心配するメッセージばかりでため息が溢れる。最後のメッセージは友達の由美からだ。
「知らないの?今はそうなっても仕方ないんだよ」
 思わず思考が停止した。そうなってもおかしくはない、とは。焦る気持ちを抑えて文字を打つ。由美は何かを知っている。この違和感の原因を知っている。
「どういうこと?」
 返事はすぐに返ってきた。
「禁忌を犯すと消えちゃうの」
「禁忌?消えるってなにが?」
「盗みとか暴行とか殺人とか色々。そういうふうに設定されたんだよ」
「なにをいってるの」
「皆知ってるはずだけど。だってあんたのお母さんも弟くんもいつもどおりでしょ」
「知らない男の人は誰」
「それは補正の為に追加された人じゃない?」
 禁忌、設定、補正。頭が混乱していく。由美はなにをいってるの。仮にそれが真実だとして、どうして私だけが知らないの。再び携帯の電源を切って布団に潜り込む。涙は出なかった。



 あれから一週間、母と弟が父と呼ぶ男を避けてきた。話しかけられても無視をして、存在がいないように生活した。変わらない母と弟とも会話することが少なくなった。もう誰も信じられない。全部嘘のように見える。私は長い長い夢を見ているのだ。
 学校でも友達とあまり話さなくなった。一気に色を失った学校から帰ってきて、ただいまとも言わずに家に入った。
「おかえり」
 偶然通りかかったのか、男の子が話しかけてきた。弟の友達だろうか。にしては図々しい。軽くお辞儀してリビングに向かう。夕飯は既に出来ているようで、母が「おかえり」と言いながら机に料理を並べている。無言で席についた私の横に、弟の友達も座る。
 どうして君がそこに座るの。そこは弟の席なのに。
弟は、と口を開くと同時にあの男が帰宅した。まっすぐリビングに入って荷物を置き、仕事服から部屋着に着替えて私の反対側に座った。
「あれ、冬彦のお友達かい?」
 男は優しく微笑みながら言った。きょとんとした母が、突然お腹を抱えて笑いだした。
「貴方何言ってるの、その子は冬彦でしょう」
 笑い続ける母と、不機嫌そうにむくれる男の子。
 また変わってしまったのか。弟は消されて、今ここにいるのは補正された子なのか。驚愕の事実を隠せないまま無言でいると、ふと視界に入った男の顔に目が止まった。
「…………」
 まるで、私と同じようにその事実に驚きを隠せていないようだった。
 今度は私だけじゃない。その嬉しさから、思わず男の手を掴み「ちょっと話があるの」とリビングを後にした。



 私の部屋に二人きり、先に口を開いたのは男の方だった。
「君も、冬彦のこと気づいたのかい?」
「…うん」
「あれは冬彦じゃない……どうなっているんだ」
「………」
「………」
 不思議と前より辛くはなかった。今度は同じように気づいた人間が目の前にいる。
 ずっと見ないようにしていたLineを開いて由美に、このことを伝えようとメッセージを送った。


 正しくは、送ろうとした。

 溜まりに溜まったメッセージに目を通す。



「あれから調べてわかったんだけど」

「補正された人間は、誰かが補正されたことがわかるんだって」

「……まぁ、つまりそういうことだよ」




それって


つまり


私は、






end.
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