お題:傷だらけのむきだし 必須要素:レモン 制限時間:1時間 読者:872 人 文字数:3540字 評価:3人

先史遺産鑑定士の忘れられない一日

 社会を動かす大きな力として剣と魔法が存在する世界――。
 
 世界各地には先史文明の遺跡が残されており、多くのハンターたちがそこへ潜り、罠を回避し、守護者と戦い、戦利品を持ち帰ってくるのだ。それは中央都市で金貨に替えられ、ロストテクノロジーの塊である遺産は王立研究所へと運ばれる。
 魔力を一時的に貯蔵することの出来る代物や、ドラゴンの逆鱗で作られた装備など、いまの人類の技術レベルでは到底解析できないようなものばかり。しかし、太陽が何故燃えているのかという原理を知らずとも太陽の恩恵に授かれるように、遺産の多くは原理がわからないまま、王国内で有効活用されていた。もちろんその中には、原理も利用法もわからないものもごろごろあり、ぼくはその解析をするために王国に雇われているというわけだ。
 ――剣も魔法も使えなかった。
 その代わり、数字と科学は使うことができた。体力や技術的センスを必要とする剣術。天賦の才能に依存するところが多く、いまだ体系化されていない魔法。ソレに比べて、数字と科学は誰にでも平等に扱うことができ、誰にでも平等に(あるいは無慈悲に)結果を示すことができる。
 「あいつ、落ちこぼれなんだってな」
 「可哀想に。チビでのろまで。女みてえ」
 「魔法も使えないんだってよ」
 学生時代、そんな言葉は耳が腐るほど聞いた。そのたびにぼくは心のなかで反論していた。敵がいなくなれば、剣術なんて役には立たない。魔法だってそうだ。暮らしに役立てられるかもしれないが、それをするにしたって、魔術師の質の担保が難しい。
 それに較べて、科学は――。
 心のなかでそんなことを並べ立てても何の解決にもならない上に合理的ではなかったが、それでもその悔しさをバネにすることができた。数字は努力を裏切らない。科学は追求するものを裏切らない。先史遺産の解析に科学からの知見を導入するということで、王立研究所への招聘は案外簡単に決まった。
 ぼくはハンターではないから、遺跡をこの目で見たことはない。ただ、運ばれてくる何に使うのかわからないようなガラクタをあーでもないこーでもないと解析するだけだ。メガネのレンズを切り替えて、スイッチや構造上の分解点を探す。こんな弱い視力じゃ、遺跡になんて入れない。こんな細い腕では、守護者に傷ひとつつけられないだろう。
 悔しいとは思う。
 中央都市はハンターたちの武勇伝で満ち満ちている。火炎獣の舌を切り取っただとか、精神攻撃を主体とする守護者に打ち勝っただとか。中でも、古代種のドラゴンがまだ生存している遺跡もあり、そこから生還したハンターの伝説は、様々な物語となり、いまも子どもたちの憧れの的だ。
 ぼくのような鑑定士には決して与えられない栄光だ。
 羨ましいと思う。悔しいと思う。
 でも、ぼくの役割を果たさなければならないのだ。

 「さて、今回は……」
 「新作が入りましたよ、お兄さん」と事務員が教えてくれた。年配の鑑定魔術士なんかは『先生』と呼ばれているのに、まだ若造のぼくはこんな呼ばれ方だ。先史文明の多くは魔術によって成り立っていたらしいから、分が悪いのはわかっている。それでも、先史遺産として残るのは、魔術的なものではなく、技術的なものであるはずだ。扱う者によって結果の変わらない、普遍の真理に基づいたものであるはずなのだ。
 息を吸って、吐いて、新作が搬入されたという研究室の扉を開く。

 作業台の上に置かれていたものは、大きな檸檬のようなものだった。大人が入れる程度の大きさで、両端がわずかに尖っている。
 「ずいぶん重かったんですよ。魔法で持ち上げようと思ったんですが」
 事務員は困ったように肩をすくめた。
 「どうやら魔法が効かないみたいなんです。だから戦士四人で持ち上げました」
 「卵?」
 「さぁ。いずれにせよ、これはあなたの担当ですから。こちら、報告書です。よろしくです」
 必要最低限のことだけ告げて、事務員は去っていった。なるほど。原理はわからないが(いつものこと)、この檸檬のようなものは魔法を弾くようだ。彼女の魔術的能力が低いというわけでもない。魔法による解析が不可能な以上、ぼくに役目が回ってきたということだ。
 報告書を見る限り、不思議なところはあまりなかった。P-662地区、ハルファラ型第四遺跡の地下5階にこれはあったそうだ。どうやらハンターたちもこれを人力で運んできたようだった。とりあえずその苦労に見合った額の報酬を出したらしい。
 「ドラゴンの卵か」
 実物は見たことがなく、骨格図でしか拝見したことはないが、小龍はきっとこれくらいの大きさだろう。しかし、魔法が効かないというのは腑に落ちない。生命、非生命関わらず、あらゆるものに干渉できるものが魔法なのだ。空間や精神にまで干渉することができる。それなのに、魔法を弾くということは意図的に防御が為されているのだろう。
 先史文明もいまの文明も魔法が主流の文明だ。だから、この防御には意味がある。魔法の干渉を受けない素材を開発し、明らかに何かを守っているのだ。試しにトンカチで叩いてみたが、歯が立たない。物理的にも頑丈、と。
 これは明らかに開けられるべきものだ。そういう意味では容器に近いはず。そんな非常識的な素材で、これほどの頑丈性、明らかに『中のもの』がある証左だった。だとすれば、剣と魔法以外の何らかの手段で、これを開けることができるはず。
 「でなければ、まったく意味がない」
 表面はつるつるしていて、ボタンのようなものは見られない。
 「これくらいヒントがない方が楽しいってもんだ」
 ぼくは鼻歌交じりでいろんなことを試してみた。

 ※

 聴診器を当てて中の音を聞くと、明らかに機械駆動をしている音がした。
 つまり、この機械はまだ生きているのだ。
 それにしても、開ける方法が見つからなかった。化学的な方向からもいろいろ試し、様々な薬品を塗ってみたが無効。話しかけてみたが、もちろん無効。古代の神話にしたがって、お祭りのような音を出して騒いでみても、そりゃもう無効。
 ううむと首を捻っていると、あることに気がついた。
 自分の見間違いではないかと思い、近づいてみるが、やはりそうだ。手近な照灯石を使って光を当ててみると、十個横に並んだ記号が見える。表面は凸凹していない。ということは、何らかの手段で外殻に表示しているのだ。
 その下には、さきほどの記号の組み合わせ。
 さらにその下には、無数の正方形に区切られたマスがあった。
 「これは、他の誰にも解けないわけだ」
 剣でも魔法でもこれを開けることは不可能だ。なぜなら、この容器がその手段以外の開封を拒んでいるから。十個の記号は、0~9の数字。中央の数字は、そのルールに従えば、『961』を意味する。こんな特徴的な数字、このぼくが気づかないはずはない。
 先史文明の誰かの意図は明らかだ。わざわざこんな数字を与えたのだから、無数の正方形に区切られたマスに入力する数字はただひとつ。与えられた数字は、ある素数の二乗。このかたちでしか素因数分解できない。それは剣術が進歩しようと、魔術体系が変わろうと、文明が一度途絶えようと変わることない真理。
 『31』
 与えられた記号でその数字を入力した瞬間、見慣れない文字が檸檬型の表面に浮かび上がり、高速で文字列が流れていくのがわかった。こういうときは隠れるに限る。一度それとは知らず爆弾を起爆させてしまったことがあって、その教訓だ。
 とりあえず手近なテーブルの下に隠れると、檸檬型の物体が光を放ち、半分に割れるのが見えた。正解だ。煙がもうもうと立ち上るが、どうやら爆発物ではないようだ。どきどきしながら様子を確認するために覗きこむと、そこには傷だらけの少女がいた。
 「君は……」
 シェルターという言葉が脳裏をよぎった。服の古代文字から察するに、彼女は先史文明の人間なのだろう。破滅魔法による終焉を迎えた文明。だが、彼女だけはそれを逃れることができた。なぜなら、この容器は魔法のすべてに干渉を受けないから――。
 少女には白い翼が生えていた。それも遺跡の壁画に残されている先史文明人の特徴だ。しかし、その羽根も傷だらけで、ところどころ赤く染まり、骨がむき出しになっているところもあった。小さく胸が動いている。どうやら重傷ではないようだが……。
 「ん……」
 「目が覚めたかい?」
 「あなたは……?」
 赤い瞳がぼくを捉えた。
 「いますぐ行って欲しいところがあるんです!」

 これがぼくと彼女の出逢いだった。
作者にコメント

対戦作品一覧


ユーザーアイコン
作者:山田えみる@日曜東Q01aクロックワイズ お題:傷だらけのむきだし 必須要素:レモン 制限時間:1時間 読者:872 人 文字数:3540字 評価:3人
社会を動かす大きな力として剣と魔法が存在する世界――。 世界各地には先史文明の遺跡が残されており、多くのハンターたちがそこへ潜り、罠を回避し、守護者と戦い、戦 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:くま お題:傷だらけのむきだし 必須要素:レモン 制限時間:1時間 読者:312 人 文字数:3235字 評価:3人
私の心には傷があるけど、みんな、知らないんだ。 だから私は少しだけ、るんるんとした気分で電車に乗る。ちょうど席が一つ空いていたので、助け合いの精神なんか完全に 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:三叉 お題:傷だらけのむきだし 必須要素:レモン 制限時間:1時間 読者:213 人 文字数:2523字 評価:3人
「あらららら」 たわわに実ったレモンの木に幾つか果肉がむきだしになって傷だらけの物があるのを見つけて、サクラはそれらを手でちぎり始める。 鳥たちについばまれてし 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:和委志千雅 お題:傷だらけのむきだし 必須要素:レモン 制限時間:1時間 読者:296 人 文字数:2585字 評価:2人
「嘘はつくな」僕は昔から両親とかそういう周りの人たちにそう言われて育ってきた。両親とか祖母とかそういう人たちにだ。「死んだあと閻魔様に舌を抜かれるぞ」下を抜かれ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:さき お題:傷だらけのむきだし 必須要素:レモン 制限時間:1時間 読者:1360 人 文字数:2226字 評価:2人
「これぐらいの傷、どうってことないさ」と、彼はいつも男らしく笑う。戦場から帰ってきた部隊が真っ先に向かうのは、雇い主への報告でも生還を待ちわびる両親の元でもなく 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:さらだせんべい お題:傷だらけのむきだし 必須要素:レモン 制限時間:1時間 読者:249 人 文字数:1741字 評価:1人
「うわぁあん、期末審問(テスト)、引っかかっちゃったよぉお」 異国の神官姿の少女が、同い年の修道女に泣きついた。「そんな服を着てるからよ。それ、どう見てもインカ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ハイメア お題:傷だらけのむきだし 必須要素:レモン 制限時間:1時間 読者:274 人 文字数:3659字 評価:1人
「ねえ、ゼロさん。あたしね、分かるんですよ」 ドリィはぼんやりと遠い目をして、右手を太陽にすかしていた。五指そろった美しいそれには、手の甲に大きな傷跡がある。ゼ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:スキグシ お題:傷だらけのむきだし 必須要素:レモン 制限時間:1時間 読者:197 人 文字数:1369字 評価:1人
「知らないことは無かったことと同じなんだよ」トットは笑う。美しい顔を歪ませて笑う。運転手の着けるような白い手袋をはめたままトットは、どの包丁を手に持つか思案して 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:inout お題:傷だらけのむきだし 必須要素:レモン 制限時間:1時間 読者:631 人 文字数:3569字 評価:1人
どうやら僕は振られたようだと気づいたのは、彼女と別れて電車に乗り、駅を降りて、コンビニに入る途中でようやくだ。そんなことになるとは想像もしておらず、その事実が脳 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:帰ってこさせられたiPhone お題:傷だらけのむきだし 必須要素:レモン 制限時間:1時間 読者:251 人 文字数:4117字 評価:0人
私が専門にしているものはある種の構造に関するもので、その全貌を明らかにすることが私の使命であり、我々の使命である。使命であるかというからにはその目標は未だ果され 〈続きを読む〉

山田えみる@日曜東Q01aクロックワイズの即興 小説


ユーザーアイコン
作者:山田えみる@日曜東Q01aクロックワイズ お題:悲観的な動機 必須要素:ミュンヒハウゼン症候群 制限時間:1時間 読者:451 人 文字数:2662字 評価:4人
わたしは高校生の頃から創作活動を行っている。 いまではもう12年目に突入するかというところで、一時的に離れたりはしたものの、こんなに長く続いている趣味というも 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:山田えみる@日曜東Q01aクロックワイズ お題:穢された復讐 必須要素:下駄箱 制限時間:1時間 読者:759 人 文字数:3003字 評価:1人
「ワタシエミルサンニツクラレタアンドロイドデース」 わたしはそう言って、くるりと回ってみせた。 「ワスレテ――、ん、忘れてしまったんですか? マイマスター」 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:山田えみる@日曜東Q01aクロックワイズ お題:運命のダイエット 制限時間:1時間 読者:731 人 文字数:2299字
わたしは方向音痴だ。 街に出るときは知っている場所でもiphoneでグーグルマップを開いて、ナビを起動させる。出発地点はGPSで、ゴールを手入力で検索し、ピン 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:山田えみる@日曜東Q01aクロックワイズ お題:傷だらけのむきだし 必須要素:レモン 制限時間:1時間 読者:872 人 文字数:3540字 評価:3人
社会を動かす大きな力として剣と魔法が存在する世界――。 世界各地には先史文明の遺跡が残されており、多くのハンターたちがそこへ潜り、罠を回避し、守護者と戦い、戦 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:山田えみる@日曜東Q01aクロックワイズ お題:理想的な反逆 制限時間:1時間 読者:727 人 文字数:1901字
凍える夜を歩き続ける。 『マシナリィ・ディザイア』 足跡は奇妙に右に曲がりながら続いていた。ほとんど無音の風景に、かしゃんかしゃんという音が鳴り続けている。そ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:山田えみる@日曜東Q01aクロックワイズ お題:どす黒い吐息 制限時間:30分 読者:820 人 文字数:1809字
黒色はあらゆるすべての色を孕んでいる。 ボクたちは生きていく限り避けがたい多くのことを経験して、様々な色に塗られていく。もともと持っていた無垢なキャンパスを、 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:山田えみる@日曜東Q01aクロックワイズ お題:間違った友人 制限時間:30分 読者:821 人 文字数:1200字
君の願いは届かなくても。 『ワールドエンド・ミーティアフォール・ヘヴンズドアー』 『彼女を頼む』と親友に言われたあの日は、果たして何日前のことだったか。もしか 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:山田えみる@日曜東Q01aクロックワイズ お題:未熟な夜中 制限時間:15分 読者:844 人 文字数:1185字
錬金術――。 一時は多くの化学者・呪術者を巻き込んで盛り上がった幻の技法であった。が、一世紀前の賢者の石の組成解明によって、この大陸のほとんどの住民がその手法 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:山田えみる@日曜東Q01aクロックワイズ お題:生きている太陽 制限時間:30分 読者:830 人 文字数:1970字
生命を滅することに、ボクはもう何の躊躇いも感じないのさ。 ヒューマン――それはもうボクという存在を表現するには物足りない言葉だけれど、だからこそ、ボクは君たち 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:山田えみる@日曜東Q01aクロックワイズ お題:そ、それは・・・愛 制限時間:1時間 読者:820 人 文字数:3299字
ぼくと彼女のあいだには壁があった。 見えない壁だ。比喩じゃない。 文字通り透明な壁でぼくと彼女は隔たれていて、彼女の隣には強化ガラスで反射したぼくの顔がうっす 〈続きを読む〉