お題:調和した演技 制限時間:1時間 読者:596 人 文字数:2957字

彼とあたしとアイスクリームサンデー
 人は誰しも仮面を被っている。あたしもご多分に漏れず、いくつもの仮面を持っている。両親に対して『いい子』でいる仮面。学校の友達に対して『いい友達』でいる仮面。先生に対して、『完璧な』学級委員長でいる仮面。彼氏に対して『理想の彼女』でいる仮面。
 相手に合わせて、調和した演技。調和した顔をつくる。嫌われないように。

「なぁ、あきら、これって、どうよ?」
 彼があたしの名前を呼ぶ。男か女か分からない名前だから、本当は嫌いなんだけど、かと言って苗字で呼ばれる訳にもいかないから、そのまま呼ばせているんだけど。本当は「あき」って呼んでもらいたいところなんだけど、それはそれで他人様の名前のようで変な感じ。昔はよく「あきちゃん」とか「あきらちゃん」って呼ばれてたけど、ちゃん付けで呼ばれるような年でもないし。
「ん? いいんじゃない? その色似合うわよ」
 あたしは、彼が選んだワイン色のパーカーを見ながら頷く。
「この前買ったパンツに合うと思うし」
 彼は満足そうに微笑んで、また鏡に向かう。巨大なショッピングセンターの一角。近くの高校生がよく出入りするカジュアルショップであたしたちはデートの真っ最中。彼の方が買い物したいって言い出したのは先週のこと。あたしたちは学校が違うので、会えるのは週末のみ。来週はどうするって先に言い出したのも彼。あたしたちはここ毎週空けずに会っている。友達からはラブラブだねって言われてるけど、本当のところは他にしたいこともあったりして、多少辛いスケジューリングなんだけど。それでも、彼のことは好きだし、会ったら楽しいし。本当は同じ学校だったらどんなにいいかとも思うのだけれど。でも、逆に毎日顔合わせることになったら、それはそれで疲れるかも知れない。彼用の仮面を演じるのも結構にハードルが高い。
「じゃあ、これにしようかなぁ。ちょっと試着室行ってみる」
「うん」
 彼に着いて試着室に向かう。カーテンが閉まる。あたしはなんとなく溜息をついてしまう。彼が見ていない瞬間は息をつける。
「あれぇ? 小林さんじゃない?」
 あたしが試着ブースの前で壁に凭れていると、ハイキーな声が飛んできた。振り向くと、同じクラスの子だった。確か菊池さんと言っただろうか。声が特徴的なので、印象にはある。ただ、制服姿とは打って変わって、パステル系でピンキーな私服を着て、軽く化粧もしているから、見た目だけだったら誰だか分からなかったかも知れない。あたしは、友達用の仮面に切り替える。
「あら。偶然ね。買い物?」
「うん。家族でね。もしかして……彼氏とデート?」
 菊池さんは、試着室前に置かれた男モノのスニーカーを目にして賢く気付いたようだ。
「うん、まあ、そんなとこ」
「へぇ! 委員長さん、彼氏いたんだ? うちの学校?」
 小林から、委員長に呼び方が変わる。委員長だと、彼氏いるのが悪いんだろうか? でも、顔色は変えないように努力する。
「ううん。東高。中学の時一緒だったの」
「東高? 頭いいんだねー! さすが委員長の彼氏」
 受験間際に学力がいまいち伸びなくて諦めた学校ではあるけれど、1ランクしか違わない。『頭いい』と表現されるのは、若干違和感。だから、公衆の面前で委員長はやめろと。
「そうでもないよ。要領いいだけなんだ、彼」
 どういう言い方が差し障りがないかを考えながら言葉を選ぶ。空気読んで、そろそろ離れてくれないかな。
「またまた、ご謙遜をー」
 この子、ちょっと頭が弱いのかもしれない。学校でもいつもこんな感じの雰囲気だったな。甲高い声のせいで、そういうイメージが強いっていうだけなのかもしれないけれど。
「玲(れい)、行くわよ」
「はーい。小林さん、またね」
 母親らしい人から声を掛けられ、菊池さんはあたしに手を振った。
「うん、またね」
 グッドジョブです、菊池さんのお母様。あたしはまた溜息をつく。
「あれ? 誰かいた? 今?」
 なんというタイミング。彼がカーテンから顔を出した。
「学校の同級生。家族で買い物に来たんだって」
「へぇ。紹介してくれても良かったのに」
 彼は残念そうにした。紹介したら、どうだというのだろう。でも、あたしは微笑んでみる。
「今度機会あったらね。でも、彼女、そんなに仲いい方でもないし」
「そっか、まあ、それなら……。でも、あきらの友達って、どんなのかなって、興味はあるな」
「基本的には中学の時とそんなに変わってないよ。いっちゃんとか、きょうちゃんとかもいるし」
「いっちゃんかぁ。元気してる……って、これどうだい?」
 さっき選んだワイン色のパーカーにその前にとっておいたカーキー色のパンツを着た状態で、軽くポーズをとってみる。細身の体に似合っている。
「似合ってるよ。格好いい」
 サムズアップしてみる。正直、身長が高いし、なんでも似合うんだけど。
「じゃ、これ買うわ」
 またカーテンが閉じられる。また溜息一つ。

「ソフトクリーム食おうぜ」
 買い物袋をぶら下げながら、彼がフードコートに向かう。あたしがお気に入りにしているアイスショップのことを言っているのだろう。ここのサンデーがとびきりおいしいのだ。
 彼はコーンのソフトクリームを買い、あたしはいつものサンデー。ふたりして外のテラスに出る。夏も終わりだというのに、まだ外は暑かった。
「暑いなー。でも、そろそろ夏も終わりか」
 向かい合いながら甘味を楽しむ。あたしはお気に入りの味を堪能した。おいしい。
「あきらもさ」
 彼は、マジな顔してあたしを凝視した。
「いっつも、そんな顔してればいいのに」
 やばい、あたし、そんな間抜けた顔していただろうか。たしかに、スイーツの味に集中していて、すっかり気が抜けていたのかも知れない。
「そんなって……」
 あたしは務めて笑顔で返す。
「緊張してるの分かるんだ。ここんとこずっとそん気がする」
「そんなことないよ。きいちゃんと一緒にいたら、楽しいし、緊張なんてしないよ」
「俺が悪いのかも知れない。気がつかなくってゴメンな」
 あたしは彼に全てを見透かされた気がして恥ずかしくなった。
「中学の時ってさ、もっと、こう、はっちゃけてたイメージあんだよな。それが、高校入ってから?それとも、付き合うようになってからかな? 一枚、こう見えない壁があるようなっていうか。いや、ゴメン、変なこと言った」
 そんなにあたしって、変な子だったろうかって、すごく不安になってしまう。『はっちゃける』って何? 中学の頃からおとなしくしていたつもりだったのに。
「そりゃあ、女の子だもん、変わるわよ。それなりに。もう子供じゃないし」
 思わず、素直な言葉を吐いてしまった。
「それでいいんだよ。それで。うん、あきらは、もう子供じゃない」
「なにそれ、大人ぶって」
「あはは」
 彼はそれ以上そのことには触れなかった。あたしも、少し考え方を変えてみようかとも思う。少なくとも、彼の前では、今の仮面は必要ないのかも知れない。もしかしたら、また別の仮面を選ぶかも知れないけれど。でも、それは、それほど分厚い仮面ではなく、少しでも素顔に近いものだったらいいのかも。
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