お題:苦し紛れの自動車 必須要素:「ひょえー」 制限時間:30分 読者:357 人 文字数:2014字

安いノモには、ちゃんとした理由がある。
「ひょえー」
 それは、あたしが発した言葉。自分でも驚くくらいの大音量が車内に響いた。そして、あたしがこの悲鳴を発した原因がほんの1時間前の出来事だった。

「車買ってきたよ!」
 と、喜び勇んで部屋に飛び込んできた彼。
「おかえりー。って、もう買ってきたの?」
 彼が車を買いに行くと言って出かけたのは、今朝のこと。あたしがまたにはドライブに行きたいねと言ったのがきっかけだった。
 あたしたちは、結婚を前提にお付き合いして早2年の同棲カップル。元々は社内恋愛からの発展系なのだけれど、去年あたしが会社を辞めてからは主にあたしが家のことをしながらアルバイトで家計の一部を補う程度だった。彼は同じ会社で勤務し続けているが、何か野心があるらしく、会社を辞める算段を日々しているらしい。お互い、結婚資金も大体貯まったところで、そろそろ両親への挨拶とか式場の下見とか色々考えなきゃねと言っている頃だった。
 けれど、彼が部屋を飛び出した時には、てっきりレンタカーでも仕入れてくるのかと思っていたのだ。
「じゃーん!」
 そう言って、彼が取り出したのは、見るからに車のキー。
「おー! いいねー! じゃあ、早速ドライブ行く?」
 あたしはエプロンを取ろうとして、
「あ、ちょっと待っててね、先にお洗濯物とりこんじゃう」
 と、ベランダに出て洗濯物に手をやる。あ、まだ半乾き。
「夕方までには戻れるかしら?」
「大丈夫じゃね? ってか、どこに行きたいの?」
「どこでもいいよ。ってか、いくらしたの、その車?」
 夕方に戻って来れそうなので、洗濯物はそのまま放置することにした。今日はドライブ日和。洗濯日和でもある。
「へへー。聞いて驚くな、3万円なり!」
「3万! それって、本当に走るの?」
「もちろんだとも。ここまでちゃんと走ってきた!」
「本当に、それ大丈夫なの? なんか、苦し紛れに変な車買ってきたんじゃないの?」
 あたしはちょっと心配になった。
「大丈夫、大丈夫! まあ、豪華絢爛なリムジン車ではないけどな。ちゃんと走るぜ」
 彼はとりあえず部屋に入って、テーブルに片肘突いた。
「ちょっと待ってね。着替えてくる」
 あたしは寝室に飛び込んで、お出かけ着に着替える。メイクはいいか。車内でもできるし。洗顔だけはしておかないと。と、部屋の中をバタバタし始める。
 あたしが出るまで時間かかりそうとみて、彼はテレビの電源をつけた。日曜昼過ぎのバラエティ番組が流れる。ゲストのギャグに合わせて笑い声が流れる。
「ね、車の色って、何色?」
「え? 車? ……えーっと、モス……グリーン……かな?」
「りょーかい」
 あたしは、車の色に合わせて今日のお出かけ着を決めようとそう聞いた。その時に、彼の滑舌が悪くなったのに気がつかなかったのが後で後悔される。

「お待たせ!」
 彼の後ろから、抱きついた。結局、黄色地のチュニックとモスグリーンのパンツを選んだ。
「おっし、じゃあ、行こうか」
 彼はわたしに軽くキスをしてから、立ち上がる。
 あたしたちのボロアパートの前には小さな車が鎮座していた。確かに、モスグリーン色だ。うん、コーディネートはばっちり。
「はい、じゃあ、どうぞ」
 彼は優しくあたしの為に助手席のドアを開いた。導かれるように乗り込む。ん? 何か普通の感触とは違う? でも、気にせずに座る。けど、車内の臭いも気になる。古いせいなのか、色々な臭いが混ざっている。
「3万だしな」
 彼は運転席について、最初にそう言った。確かに、3万では、走るってだけで十分。それ以上の文句は言えそうにはない。結婚資金だって、バカにならないし、その後は引っ越しして、今より少しいいマンションにも住みたいし、ここで浪費するわけにはいかない。3万だもの、多少は我慢しなきゃね。
「じゃあ、行こう?」
「で、どこ行く?」
「とりあえず、海かな?」
「OK」
 車は走り出す。思ったよりは順調だった。一路、海に向かう。3万の割にはいい。いきなりエンストするんじゃないかと思ったけれど、そんな様子もない。

 そして、ほんの1時間ほどで、海辺に着く。
「わー、海だー」
 わたしは、海風に当たりたくて、窓を開けようと、ノブに手を出した。

 ぬめ。

 っとした感触がした。

「ひょえー」

 思わずあたしは変な声を上げた。
「どうした?」
 彼は驚いて、あたしを見た。急ブレーキがかかる。ドンと大きな音がして、エンストした。後続車が激しくクラクションを鳴らす。
「ご、ごめん、あの……なんか、ぬめって」
 あたしはノブにかけた手をあげた。緑色のぬめりけのあるものがついていた。
「ぎゃー!」
「あ、それ、簡単にとれるから。苔らしい」
 そう言って、彼は、ハンカチを出した。
「3万だからね。3万」
「そうね、3万だものね」
 あたしは苦笑いした。
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