お題:部屋とYシャツと夕日 制限時間:2時間 読者:234 人 文字数:2218字

夕焼けの世界
 初めから理由なんて無かったんだ。

 夕焼けで赤く染まった河川敷を部屋で眺めながら、僕はそう呟いた。そしてそう呟いた自分に少なからず動揺した。なぜなら、理由なんて無い。それを自分が今認めるということは、この異常な現状に自分が何も対処できないということを意味するからだ。

 僕は壁にかかっているカレンダーに目を向けた。カレンダーは8月29日までが☓印で埋めれている。この生活が始まったのが去年の8月30日だったから、後数時間で一周年ということになる。時計に目を向ける。現在夜の11時半。それでも空には夕日が浮かび、辺り一面は気味の悪い朱色に染まったままだった。僕はこの夕焼けの世界の中で、364日と23時間半を過ごしている。この世界の外に出る方法も、日が沈まない理由も、未だ見つけられない。

 なぜ僕がいつからこの夕焼けの世界に入ったかははっきり解るかというと、そう宣告されたからだ。364日と23時間半前、僕が布団の中で眠りこけていると、まるで時報のような声が、
「午前0時、夕焼けの世界に入ったことをお知らせします」
と耳元で聞こえたのだ。驚いて僕は飛び起きたんだけれど、周りには誰もいなかったし、ラジオも携帯もテレビも何も置いてなかった。そもそもそんな時報なんて聞いたこと無い。気味が悪くてすっかり目が覚めてしまったので、水でも飲もうかと布団から起き上がった所、時間の割に妙に外が明るいことに気がついた。いや、明るいというより赤いのだ。僕は閉めきっていた厚いカーテンを勢い良く開いた。外に見える景色は、夕焼けで赤く染まっていた

 始めの頃は、実を言うと少し楽しんでいる自分がいた。観ている景色は今まで過ごしてきた町並みなのに、夕焼けがずっと続くというだけでこんなに神秘的な異世界になるなんて、ぼくは興奮しながらニュースになっていないかとテレビを付けた。けれどニュースで終わらない夕焼けの事は全く放送されていなかった。こんな異常事態について、全く何も触れずにニュースは終わり、放送終了のカラーバーと耳障りな音が鳴り響いた。相変わらず外は夕焼けのままだった。

 結局そのまま眠ることも出来ず、テレビもラジオも携帯も繋がらなくなってしまったので、ぼくは勇気を出して外に出てみた。誰一人見かけることのない、夕焼けの世界はもはや神秘的なものなんかではなく、ただただ不気味だった。何時間も歩き通しで誰かいないか探してみたけれど、結局誰一人見つけることが出来なかった。空腹で倒れそうになったので、無人になっていたコンビニに入り、パンを幾つか選んで、代金を無人のレジに置いておいた。

 そんな日を何日も何ヶ月も繰り返した。辺りを歩いて人を探し、機能するテレビやラジオ、携帯を探し、スーパーやコンビニで食料を拝借し、時には野宿をしながら3つ隣の県まで歩いたこともある。しかし目に見える成果は何もなかった。けれども僕は諦めなかった。諦めた瞬間何もできなくなりそうだという恐怖もあったけれど、きっとこの現状に自分がいるのは何か理由があると思っていたからだ。重要であるにしろ無いにしろ、自分は理由があってこの世界にいる。ならその理由がわかれば、この世界から出る方法がわかるかも知れない。そんな淡い期待を胸に抱き続けてきた。

 しかし、もうすぐ一年が経とうとしていた。一年だ。一年も自分は無意味な事を続けていたのだ。理由なんて無い、意味なんてない。ただただ不条理な現状は、希望を持つにはあまりに絶望的なのに、狂うほどには絶望的ではない。不自由なく生きていける。けれども救いなんてどこにもない。そんな夕焼けの世界に、もう一年もいた。もしかしたら、これ以外の世界なんてもう無くて、一生ここで一人、生きていかないといけないのかもしれない。そんな漠然とした、それでいて確信めいた思いが僕の中に浮かんだ。

 そもそも初めから理由なんて無かったのだ。僕はただ理由が欲しかっただけなのだ。自分が不条理に巻き込まれても、希望を失わないで、嵐の中の灯台のように導いてくれる何かが欲しかったのだ。けれどそんなものは初めからなかった。僕は理由もなく希望もなく、ただ唐突に不条理に巻き込まれただけだった。なんだか泣きそうになったけれど、泣いてたまるかと頬を叩いた。夕焼けの世界はたしかに不条理だけれど、不条理だからこそ、自分を強く持たないといけない。けれども景色が歪んで、涙が頬を伝うのは、きっと頬を強く叩き過ぎたせいなのだろう。

 ポタポタと畳に涙の粒が落ちるので、服の袖で涙を拭い、外に見える河川敷を眺めた。もう何度も見続けた景色で、変わっているものなんてなにもないはずだった。驚いた。いつもと違うものが1つだけあったのだ。それは川の向こう岸に小さく見えただけで、すぐに視界の死角に入り込んでしまった。けれどもたしかにそれは白いYシャツを着た人だった。この夕焼けの世界に、白い色をしたYシャツを着ている人がいたのだ。
 
 僕は慌てて部屋から飛び出し、大急ぎでYシャツが見えた向こう岸まで走った。残念ながらもうそこにその人はいなかった。もしかしたら見間違いだったかもしれない。目の錯覚だったかもしれない。それでも良かった。理由なんて無くても良かったのだ。白いYシャツを着た人を見た。たったそれだけが、僕にとってこの不条理な夕焼けの世界で生きる希望となった。

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