お題:灰色の真実 必須要素:哲学的な思想 制限時間:1時間 読者:443 人 文字数:3153字 評価:4人

夏の終わりと
「夏の終わりは寂しいな」
 と、彼は言った。
「そう?」
 あたしはアイスキャンディを舐めながら何の気になしにそう答えた。
「夏の終わり時期にそう思ったことはない?」
 彼は驚いた様子であたしの顔をまじまじを見つめた。
「ないなぁ……。暑いのが終わって清々するくらい。今日だって30度超えたのよ。暑さ寒さも彼岸までっていうのは嘘よね。あたしはむしろ早く夏が終わってほしいわ」
「君には情緒っていうものがないのかい?」
 彼は呆れ顔で溜息をついた。
「情緒?」
「そう、情緒。センチメンタルな心、感傷、郷愁的な気持ち、そういったものだよ」
「センチねぇ……」
 彼はいつもこんな感じ。男の彼はいつもおセンチで、あたしは無感情的。彼が哲学的な思想の持ち主で、あたしは極々現実的。かと言ってそんな彼が嫌いな訳ではないのだけれど。
 あたしは彼に付き合ってやることにした。
「じゃあ、夏の終わりはなんで寂しいんだと思う? 夏だから? それとも、終わるから?」
「ボクは夏が終わるということに意味があるのだと思う。同じ終わりでも、冬の終わりはむしろ歓迎。春の息吹を感じ、その先にある生命を感じるからだ」
「あたしは夏の終わりの方が歓迎だけど」
 アイスキャンディがなくなって、さらに暑さが増してきた。あたしはシャツの胸元をパタパタと扇いだ。彼の視線が動いたことに気付いたけれど、気がつかないフリをする。
「そうやって、混ぜっ返すなって。いいかい、四季にはそれぞれ役割があるとボクは思っているんだ。つまり、春は生命の息吹を意味し、夏はその生命を一気に解放する。秋にはその解放されたエネルギーを穀物として収穫し、冬は休息を意味する。たとえば、セミは十年間もの間土の中で幼虫で過ごし、夏の短い時間を成虫として過ごす。このエネルギーたるや」
「セミって、本当にうるさいよねぇ。暑さが倍増するもん」
 あたしたちは公園のベンチに座り、木陰を堪能していた。セミの鳴き声は真夏の真っ盛りの頃よりはかなり少なくはなっているけれど、まだその存在感を示してはいた。
「その爆発した生命力が尽きる頃、夏は終わりを告げる。こんなに寂しいことはないだろ?」
 彼はあたしの言葉は無視することにしたらしい。虫の話だけに。
「命の終わりねぇ。それがみんなを感傷的にするってこと?」
「そう、その通り」
 彼は満足そうに頷いた。
「さっきの話だと、その解放されたエネルギーは秋に収穫されるんでしょ? その時が一番人間にとって嬉しい時期になるんじゃないの? 馬肥ゆる秋ってね」
 単純にあたしは秋が好きなだけかも知れないけれど。収穫の秋、食欲の秋、読書の秋。どれも好き。
「ふむ……確かにそうとも言えるなぁ」
 彼は考えこんだ。
「しかし、秋ってあんまりウキウキした気分にならないものじゃないか?」
 あくまでも彼は夏男。
「なんというか、色彩で言うと、夏はもちろん青だけど、秋は茶色っていうか灰色っていうか。活力は感じられないよな?」
「あたしは、茶色好きだけど?」
「好き嫌いの話じゃないよな? だから混ぜっ返すなって」
「でも、お祭りって、秋が多いわよね。収穫祭とか。神様に収穫をお礼するんでしょ?」
 あたしたちの地方は農業が中心だから、お祭りと言えば秋の終わり。夏から秋にかけての間はどこも忙しくてそんな暇はないからだ。
「ホント、お前って、花より団子だよなぁ」
「食べ物大事じゃない。あたしはむしろ秋の終わりの方が悲しいかな」
「へぇ。お前でもそんな感傷的になることあるのか?」
「だって、やっと涼しくなったと思ったら今度は寒くなるじゃない?」
「暑いのも嫌、寒いのも嫌ってか?」
「本能に正直って言って」
 でも、あたしは本当は冬は嫌いじゃないんだけど。
「よし、分かった、じゃあ、『夏の終わりは寂しい』けど、『秋の終わりも寂しい』で、どうだ? 妥協案」
「いいんじゃない?」
「お前なぁ……」
 彼はがっくりと頭を垂れた。
「寂しいってどういうことかな? 何かを失うのが悲しいのかな? 失ったから寂しいのかな?」
 彼はまた頭を戻した。
「ボクは、失ったものに対してかな。あとは、過ぎ去ったものに対して」
「夏が終わっちゃった、だから寂しい?」
「そう、それは、春でもなく冬でもなく秋でもなく。ああ、お前は秋だったな。そういう感情。分かる?」
「ちょっと」
 あたしは公園の中央に向かって視線をやった。夏休みももうすぐ終わりだというのに小学生かと思われる子供たちが砂場で遊んでいた。夏休みの宿題とか課題とか終わったのだろうか。余計な心配か。
「夏に失ったものって何?」
 あたしは目線を彼に戻して、じっとその目を見つめた。
「え?」
「寂しいって思う、あなたが失ったものって何?」
 彼は一瞬戸惑った。
「え……と、そうだな……思い出……時間とか?」
「どんな思い出?」
「もちろん、今年はさ、お前と色々した思い出。そして、過ぎ去った時間かな」
 確かに今年の夏は彼とは色々遊んだ。沢山のとこに行ったし、お喋りも沢山したし。おかげで完全に金欠状態なんだけど。
「思い出って、失うものじゃないよね。重ねていくものじゃないかな。あたしたちが過ごしてきた時間って、ずっとあたしたちの中に残るものだし」
「でも、過ぎちゃったじゃん。もう戻れないわけだし」
 気がついた。彼は過去を見る人。経験してきた色んなものを自分の中でかみ砕きながら味わう。だから、過ぎ去ったものに対して感傷的になる。
 あたしは前を見てるだから、過ぎ去ったものには何の感情も湧かない。だって、過ぎたことを思ったって何の役にも立たない。今更親が生き返るわけでもないわけだし。そう、あの時からあたしは振り返るのをやめてしまったのかも知れない。そして、何かに感情を抱くことも。
「過去と未来、どっちが大切かな?」
 あたしは彼の瞳をじっと見つめたままそう訊いた。
「そりゃ、もちろん未来に決まってるじゃないか。でも、ボクはお前と過ごした時間は忘れないし、やっぱり大切にしたい」
「そう。ありがとう」
 あたしは目を落とした。彼の溜息が聞こえた。彼はいつでも優しい。こんなあたしにでもいつもこうして優しい気持ちを与えてくれる。だから、寂しいなんてことは思ったこともない。それは、過ぎゆく夏に対しても。彼がいるから、彼がいるから、寂しいと思わないのだろう。そんな単純なことに今更ながら気がついた。

 けど、そんなことは恥ずかしくて、口にはできない。アイスキャンディの棒をプラプラさせながらあたしは足下の蟻の行列を眺めていた。蟻たちは自分よりはるかに大きく重い獲物を担いで、忙しなく隊列をつくって歩いて行く。コツコツと冬に備えているのだろうか。

 本当はあたしが一番寂しく思うのは、冬の終わりなのだ。夏でもなく秋でもなく、春でもなく。灰色の真実は、真夏真っ盛りの彼にはまだ見えていない。けれどあたしには見えている。確実にストップウォチのように針を刻んでいるのを感じることができている。灰色の季節が終わる頃、あたしたちは卒業を迎えるのだ。つまり、それはあたしたちの別れを意味する。だから、夏の終わりは寂しくはない。まだ残された時間があるから。

「アイス、もう一本いる?」
「ううん、ありがとう。でも、お腹冷えちゃうし」
 あたしは、キャンディの棒を捨てようと、それを目にした。
「あ」
 アイスキャンディの棒には『当たり』の文字があった。
「当たっちゃった」
 久しぶりに嬉しいという感情が湧いた。それは、アイスがあたったからではなく、未来の光の可能性を感じたからかも知れない。
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