お題:灰色の真実 必須要素:哲学的な思想 制限時間:1時間 読者:479 人 文字数:3560字 評価:2人

蝶は落ちた
「真実というものは、大抵つまらないものなのだよ」
「……そうですか」
「初等数学に、どんな驚きや喜びがある? そこにあるのはただひたすらの労苦だ。当たり前の事実の羅列だ。そこにはいかなる輝きも存在しない」
「で、だから何だっていうんです?」
「だから、この事件をわたしたちで、もっと素晴らしい難事件にするべきだ!」

彼らの前には死体があった。


「あのですね」

仮にも上級生の、しかも推理部の部長に対して最低限の敬語を保ちながら、しかし、彼のこめかみはぴくぴくと痙攣していた。内側の圧力としての怒りが溢れて弾きでようとするのを、必死に堪えていた。

ゆっくりと、指をさす。
その先には地面と血だまりと、その発生源があった。

「誰がどう見てもこれ、自殺ですよね? こうやってすぐ傍に遺書もありましたし、事件性とかないですよね? それ以外の解釈はできませんよね! ここは普通、警察に連絡か、さもなければ万が一にすがって込めて救急車を呼ぶべき場面じゃないんですか!?」
「そうなんだ、困ったことに、どうやらそうらしいんだ。まったく悩ましいことだ」
「なにも困りませんよ誰も困惑してませんよ! いいからとっとと電話しますよ?」
「待った」

がしりとその手がつかまれた。

「なんですか」
「実は先ほど手袋つけつつ彼女の脈を図った、完全に死亡している」
「そうですか、じゃあ警察ですね」
「だから、待つべきだと言っている」
「どうしてですか」
「それではつまらない。わたしの灰色の脳細胞が活躍しない」
「先輩はいますぐに偉大な名探偵であるエルキュール・ポワロに謝るべきです!」
「そう、これは深遠な問題だ。実に哲学的であるといえる――」
「いつものように適当なこと言って煙に巻こうとしても、そうはいきませんからね!」
「いやいや、待て、状況をちゃんとたしかめて見るんだ」
「なにがですか――」

むっつりと周囲を眺める。
ここは校舎裏の、あまり人の通らない場所だった。
彼から見て左側に校舎が聳え、左側に樹木が立ち並んでいた。
校舎側は窓がほとんどなく、樹木側のさらに向こうは川であり、涼やかな音をさせて流れている。

校舎側から見られず、住宅地からもわからない。知る人ぞ知る秘密のサボり穴場スポットではあるが、それを知るものはごく少数で、たいていの場合は無人のまま心地いい空気が流れているだけだった。

その中で、被害者はうつぶせの姿勢で両手を広げ、倒れていた。
その様子はやけに整った、あらゆる要素が合致して位置を揃えたような、ある種の厳格と神聖に満ちていた。

うつくしい蝶のようだ、と思う。

死亡理由は明らかに出血多量、両方の手首から、相当量が地面にしみこんでいた。
その広がる様子が、だから、蝶のように見えたのだ。

「あー……」

だからこそ、言いたいことがわずかにわかった。

「血が凝固していない……?」
「そうだな、地面に流れているものもそうだが、傷口もまた凝固作用によって閉ざされた様子がない。また、ここまで綺麗に血が溢れるためには相当するどい刃物を必要とするはずだが、彼女が手にしているのは小型のナイフでしかない、よほどの力持ちでなければ致命的なものを与えることはできない。なんらかの処置を施した上での自殺だと思われる」
「だから、だからそれがどうしたんですか?」
「わからないか?」
「わかるわけないじゃないですか」

嘆かわしいとばかりに首を振り、信じがたい馬鹿ものを見る目をしていた。

「これは、芸術だ」
「は?」
「彼女は自分自身を使ってアートとしたんだ。この状況を、作品として見せたかったのだ」
「いや、なにを言ってるんですか?」
「自明の理だろう?」
「ホントにどこがですか!?」
「君が通報したとしよう。おそらくマスコミは嗅ぎつけこれを報道する。報道管制が敷かれ、無粋な現場検証のだんまくやらビニールーシートやらが出てくるかもしれないが、それよりも先に誰かが写真を撮れば、彼女の勝利だ。一枚でも撮られることができれば、物見高い馬鹿者どもが必ずネットにアップする。わかるか? これは『発表』される確率の高い死体だ。そうやって彼女は自分自身を使って作品としたんだ」
「いや、そんなことは――」
「ないと言い切れるかい?」

言葉とつむぐ。
たしかに、この状況は「出来すぎて」いた。
強い意志を感じさせるものがあった。

「でも、どうしてそんなことを――」
「さて、この人が悪趣味だからじゃないか?」
「いやいや悪趣味て先輩」
「実際にそうだ。これは見事な自殺だろう? こうしたものを見るとね、人は自殺したくなるものなんだよ」
「――は?」

にやにやとした笑顔は、俯いて眠り起きることのない死体に注がれていた。

「自殺報道の規定が、日本では実に緩い。その後に後を追うものについての考慮と配慮が一切なされていないんだ。たいていの場合、影響力のある人間が自殺したときに、それに追随するものがでてくるというのにねぇ」

まあ、そちらはほぼ報道されないがね――
と続ける。

「このアーティストが狙ったのは、それだよ。劇的に死んでみせることで、また、必然的にそれを大勢の人が噂し、騒ぎ立てることで、自分の追随者を募ったんだ。なんとまあ、素晴らしいことじゃないか!」
「どこがですか!?」

彼女は気軽に微笑み、人差し指を立てつつ。

「ある面で見ればね、芸術とは『いかに世の中に影響を与えるか』を目指したものだといえるんだ」
「――」
「銃や暴力によらない殺人。作品によって何人もの命を奪うという「芸術による殺人」――これはそれを狙ったものだ。彼女は文字通り自らの心血を賭して作り上げた。これを素晴らしいといわずしてどうするんだね? そして、我々は、今最前列で、誰よりも早くこれを確かめているんだよ?」

そう笑う顔は心底嬉しそうだった
目の前の死体にまったく動じない自分よりも、それを賞賛し、賛美する彼女こそがなによりも異質に見えた。
しかし、彼女のその底には、更に別種の熱意があった。

「だからね、あんまりにも素晴らしいものだから、我々でこれを台無しにしてしまおうよ」
「……は?」
「わたしたちだけで、この芸術を独占してしまうんだ」
「な、なにを言っているんですか……?」
「君もよく目に焼きておけ、もう二度と目にすることはできなくなる。写真に撮るだなんて、そんな無粋なことはしちゃいけない。記憶にロックをかけて上書き禁止にしておくんだ」

にやにやと笑いながら、ウィンクし。

「最初に言っただろう? これを難事件にしてしまうんだ。誰も解けない迷宮入り事件にだ」
「ちょ、ちょっと……?」
「やることは簡単だ。この死体を持ち上げ、屋上まで運ぶ。そこからこの地点へと放り投げれる」
「そ、そんなことしたら!」
「どうなる?」
「ばれるに決まってるじゃないですか! 現代の科学捜査舐めたらだめですよ!」
「そうだね。だが、それでいいんだ」
「はあ?」
「犯人さえわからなければいい。どのようにそれをしたのかはばれていいんだ。「わかるからこそわからなくなる」はずだよ、これは」
「あ――」
「気づいたかい? 死んだ後にその死体を運び、屋上から放り投げた。そんな罰当たりな、とんでもないことをした犯人がどこかにいる。彼女の意図も芸術も望みも、なにもかもがそれで台無しになるんだ……!」
「ど、どうして――」
「君だってわかっているだろう? 綺麗だった自殺死体は台無しになる。そして、それをした犯人がどこかにいる。死体と犯人、どちらが皆の興味をひきつけると思う?」

くっくと笑い。

「彼女の「芸術」は、まったくもって無駄になる。追随者なんで誰一人として出てこない。現れるのは小賢しい名探偵もどきの群だ! はははっ、そのうちの何人が本当の意図に気づくかなあ!」

ぎりぎりと、彼は奥歯をかみ締める。

「で、誰がその死体を運ぶ役をやるんですか?」
「仮にこのまま放置し続けたとする。そうしたらどうなるだろうか? わたしの予想したとおり、これは報道され、追随者が出る。一方で、わたしの計画を実行したらどうなるだろう? 誰が困る? おそらくは彼女の身内だろう。しかしそれを考慮した上でも、こんな灰色の真実をさらけ出すよりも葬り去った方がいいとは思わないかい?」

両手を彼の肩に乗せ、あでやかに微笑んだ。

「ねえ? これは人助けだ。死ぬ人数を減らす善行だ」
「ものすごく騙されている気がします」
「気のせいさ!」

それは明るく爽やかな、死体を前にしたとは思えない、とてもいい笑顔だった――
作者にコメント

対戦作品一覧


ユーザーアイコン
作者:トルドラン お題:灰色の真実 必須要素:哲学的な思想 制限時間:1時間 読者:677 人 文字数:1259字 評価:9人
「シュレディンガーの猫をご存知ですか?」「はぁ……まぁ、なんとなくは。」「箱の中の猫。 それが生きているか、死んでいるかは、箱を開けるその瞬間までわからない。す 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:aoto お題:灰色の真実 必須要素:哲学的な思想 制限時間:1時間 読者:433 人 文字数:2612字 評価:8人
人間の存在とはなんだろう。今回はそういうことについて、即興という機能を使い、思索に耽ってみようと思う。存在と言うことについて、いろいろな方面から見ていくことは可 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:もりの(ふていき) お題:灰色の真実 必須要素:哲学的な思想 制限時間:1時間 読者:561 人 文字数:2050字 評価:5人
白か黒かで分かれるほど世の中はシンプルではないし、全ての問題がイエスかノーか、勝ちか負けか、賛成か反対かなんて二元論であれば世界はもっと単純でわかりやすくて生き 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:北田玄冬 お題:灰色の真実 必須要素:哲学的な思想 制限時間:1時間 読者:406 人 文字数:4778字 評価:5人
あなたの指から零れ落ちるのは、私のかけら。とても微かくて、とても滑らか。流砂のようでいて、水のような。雲か霞の領域が、私。灰色の靄。その粒子の一つ一つがきらきら 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ハイリ お題:灰色の真実 必須要素:哲学的な思想 制限時間:1時間 読者:380 人 文字数:2455字 評価:5人
「人は何故死ぬのだと思う?」「…寿命でしょう?」「君はバカか。あぁ、バカだったね。悪かったなこんな難しい質問を君みたいな人にしてしまって」「なっ!た、確かにバカ 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:もふもふ@神楼学園15企画中 お題:灰色の真実 必須要素:哲学的な思想 制限時間:1時間 読者:446 人 文字数:3153字 評価:4人
「夏の終わりは寂しいな」 と、彼は言った。「そう?」 あたしはアイスキャンディを舐めながら何の気になしにそう答えた。「夏の終わり時期にそう思ったことはない?」 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:r_penta お題:灰色の真実 必須要素:哲学的な思想 制限時間:1時間 読者:384 人 文字数:3294字 評価:3人
世界が見える所までしか存在しないと、彼がどこかで読んだような言葉をこぼした。 その理論はとっくに破綻しているんだ。と私は心の中で思う。 少なくとも、私たちが生 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:デンルグ お題:灰色の真実 必須要素:哲学的な思想 制限時間:1時間 読者:401 人 文字数:2352字 評価:2人
「私のお腹の中にはあなたの子がいるの」 聞いたときは全く理解が出来なかった。というか理解できる人がいたらあってみたい、だっておかしい、あまりにも不自然、不条理す 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ぶる〜@2014年平常運転開始 お題:灰色の真実 必須要素:哲学的な思想 制限時間:1時間 読者:511 人 文字数:1890字 評価:2人
私があの部屋に足を踏み入れた時には、もうすでに全てが終わっていた。荒らされた本棚、足下に散らばる書類、そして椅子には変わり果てた彼の姿。------「ふむ…何と 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:inout お題:灰色の真実 必須要素:哲学的な思想 制限時間:1時間 読者:479 人 文字数:3560字 評価:2人
「真実というものは、大抵つまらないものなのだよ」「……そうですか」「初等数学に、どんな驚きや喜びがある? そこにあるのはただひたすらの労苦だ。当たり前の事実の羅 〈続きを読む〉

inoutの即興 小説


ユーザーアイコン
作者:inout お題:残念な許し 必須要素:三島由紀夫 制限時間:1時間 読者:16 人 文字数:3157字 評価:0人
あーあ、と嘆きながら本の背表紙を撫でた。わたしからすれば等身大の大きさのそこに欠けがあったのだ。つい先ほど、迂闊にも棚から本を落としたせいだった。まじ粗忽。図書 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:inout お題:暗黒の家事 必須要素:書類 制限時間:1時間 読者:32 人 文字数:3310字 評価:1人
生活のための活動を家事というのなら、これもまた家事なんだろうか。よく絞った布で金属の感触がするそれを拭いながらそう思う。手の下の、硬いくせに弾力のある感覚はいつ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:inout お題:セクシーな夜中 必須要素:太宰治 制限時間:1時間 読者:26 人 文字数:2615字 評価:1人
機械の群れが進行していた。生物を残らず殲滅するがための進行であり、侵攻であり、ひょっとしたら信仰だった。祈りの言葉の代わりに演算装置は回り、五体投地の代わりに赤 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:inout お題:箱の中の過ち 必須要素:パン 制限時間:1時間 読者:40 人 文字数:1997字 評価:1人
ごめんなさい、できませんでした――入口で弟子がそう泣きながら謝ってきた。私としてはただ困惑するより他にない。「いったいどうしたんだい? 君にとってはもう、簡単な 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:inout お題:日本式のフォロワー 必須要素:力士 制限時間:1時間 読者:39 人 文字数:3577字 評価:0人
へ、へへ――そのような笑いが口元から自然と漏れた、自棄と満足の入り混じった、きっと歪んだ笑みだった。周囲からは、人間どもの声。私を追って来ている者たちの声。地獄 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
歌と呪い ※未完
作者:inout お題:失敗の螺旋 必須要素:即興イラストのステマ 制限時間:1時間 読者:43 人 文字数:3679字 評価:0人
カラオケボックスは一人で入るもんじゃないなと思いながら、安っぽい廊下を通った。左右の個室からは上手いんだか下手なんだか分からない歌が不協和音となって響いている。 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:inout お題:茶色い幻覚 必須要素:イタリア 制限時間:1時間 読者:70 人 文字数:3111字 評価:1人
スーツケースを片手に電車内に一歩入り込んだ途端、茶色の景色が広がった。野球場だった。中腰の、すぐに動ける体勢から、私はそのグラウンドを見た。守備側、バッターがキ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:inout お題:簡単な町 必須要素:絵画 制限時間:1時間 読者:52 人 文字数:3741字 評価:1人
あの町へ行きたい?簡単だ、この道をまっすぐ進んで駅に乗って隣、たった一駅分だ。終点だから間違えることもない、たとえ反対車線に乗ったところで引き返してしまえばそれ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:inout お題:彼のぬるぬる 必須要素:マフィン 制限時間:1時間 読者:57 人 文字数:3330字 評価:0人
一立方メートルもない透明な箱の中に粘液状のものが蠢いている。色は赤黒いとしか言いようがない、実に不気味な色彩だ。これは一体なにかと所長に尋ねたところ、「俺のぬる 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:inout お題:絶望的な俺 必須要素:宇宙人 制限時間:1時間 読者:71 人 文字数:3490字 評価:1人
「どうしたら、君は絶望してくれるんだろう」そんなセリフを言ったのは自称宇宙人で、散々俺に拷問やら精神攻撃やら洗脳やらのセットをしでかしてくれた後でのことだった。 〈続きを読む〉