お題:きちんとした消しゴム 制限時間:2時間 読者:324 人 文字数:1540字

綺麗な消しゴムの確率
「きちんとした消しゴムが筆箱の中に存在する確率について、考えたことはあるか?」
 えらく深刻そうな表情で、ティースプーンで砂糖を沢山入れたコーヒーをかき混ぜながら、モガミくんはそう言った。だから僕も深刻そうな表情で、何を言っているかわからないと答えた。

「解ってる解ってる。だれだってそう答える。けれど大切なことなんだ」
そう言いつつ、モガミくんはティースプーンでひたすらコーヒーをかき混ぜ続ける。ひょっとしてモガミくんはコーヒーが飲めないのかもしれないと、ぼくはふと思った。

「消しゴムっていうものは、新品のうちは綺麗に使おうと丁寧に扱うわけだ、けれど因果なもので、消しゴムは使った瞬間から汚れていく。美しい先の尖った白いフォルムも、使ううちに角が取れて丸みを帯び、鉛筆で落書きされたり、鉛筆で突き刺されたり、真ん中でポッキリ折れて2つになったりする。新品の頃のその姿は見る影もない」
君の筆箱の中の消しゴムを見れば明らかだろう。モガミくんはそんな失礼なことを付け加えた。

「それで、結局きれいな消しゴムが筆箱に存在する確率とやらが、一体どんなに重要なんだよ」
僕は少しぬるくなったコーヒーをちびちび飲み、彼のおごりのショートケーキをこれまたちびちびと食べながら彼に聞いた。本題に至るまで妙な例え話を話すのは、モガミくんの悪い癖だった。いつまでも相槌を打っていたら、いつまでも話が終わらない。モガミくんは暫く口ごもった後、こう話を切り出した。

「この前受講した講座で、斜め前の人が消しゴムを落として、それを俺が拾った。消しゴムは確かに使われた形跡があったけれど、随分ときれいな状態を保っていて、きちんとしていた。流れるような手つきで俺は消しゴムを持ち主に手渡した。彼女は軽く会釈をして、微笑んだ。結局その後講座の内容は頭に入らなかった」
純情なやつめ、ショートケーキのいちごを頬張りながら、ぼくは思った。
「その子には声をかけたのか?」
モガミくんは首を横に振る。

「講座が終わってから、横に座っていた男が親しげに彼女と教室から出て行った。話し掛ける余地なんてまるでなかった」
モガミくんは恋に落ちた瞬間、恋に敗れたらしい。
「俺は消しゴム一つでも綺麗に使うような人が好きだ。けれども消しゴムが綺麗に使われる確率なんてわずかで、しかもそれが意中の人となる確率なんてもっとわずかだ。今日俺はそんな確率が重なる人と出会った」
成る程これは失恋話だったのかと僕が口にすると、モガミくんはちがうと強く否定した。

「諦めるにはまだ早すぎる。隣に座っていた男が親しげに話していたからといって、彼女の彼氏とは限らないだろう。ファーストコンタクトは出会いの衝撃から失敗に終わったけれど、次は上手くやってみせる。だからお前に協力して欲しい」

僕はショートケーキの最後の一口をコーヒーで流し込んだ。モガミくんがこの恋を成就させるかはわからない。けれど、友人がささやかな勇気を振り絞って頼ってくれたという事は、自分にとってもなかなか嬉しい事だった。

「そうはいっても、その消しゴムの想い人に本当の彼氏がいたらどうするんだ」
モガミくんは一瞬たじろいだが、何か決意表明のようにこう答えた。
「彼女に迷惑をかけないという大前提の元、出来る事をやりたいと思う。自分が入り込む余地がなさそうだったら、潔く身を引こう。けれど出来る事があるならやりたい。きれいな消しゴムが筆箱に入っていた、そんな奇跡と出会ったのだ。そう簡単に諦めることなんて出来ない」

そう言いながら、モガミくんは筆箱から自分の消しゴムを取り出した。その消しゴムは使い込まれている様子なのに、随分ときれいな状態を保っていた。
作者にコメント

似た条件の即興小説


ユーザーアイコン
作者:高橋K8▼ お題:きちんとした消しゴム 制限時間:2時間 読者:130 人 文字数:1088字
消しゴムってこうアレだよね。芸術?あの純白が間違いによって黒く汚れていってさ、間違いを正すほど自分の身は削れていく。そう、ダークヒーロー!あれ、最初の発言と矛盾 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:きちんとした消しゴム 必須要素:パスタ 制限時間:2時間 読者:162 人 文字数:766字
消しゴム無くした。うっわぁどうしよう今書き間違ったコレはいつ消えるんだ消し去りたい誤字はいつの未来まで残るんだ。そんな風に全力で悩んで居た所隣の美少女ちゃんに気 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
※未完
作者:かがみもち お題:フニャフニャの策略 制限時間:2時間 読者:9 人 文字数:1740字
「では作戦を発表します」 軍服を着用し、キリッとした目つきの男がホワイトボードの前に立っていた。 そこはまるで秘密軍事施設、その基地の一室にも見えるがそんな風景 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:やすおかゆかり お題:高貴な私 制限時間:2時間 読者:23 人 文字数:429字
私の家は貧乏で、小学校に上がった頃には、自分はどん底に居るのだと言う自覚があった。父親は酒浸りの博打好きで、家には居付かなかったし、母親はいつも知らない男と何処 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:すごい机 制限時間:2時間 読者:9 人 文字数:751字
今、僕は絶体絶命ピンチに直面している。あと一問が解けないのだ。自分には絶対の自信があっただけに、最後の一問が解けないこの状況に僕は半分パニック状態に陥ってしまう 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:俺と海 制限時間:2時間 読者:10 人 文字数:492字
俺と海は友達だった。何でか分からないけど海は俺の事何でも知ってるような気がして、大学でいい絵が描けず、講評でボロクソ言われたとき、いいアイディアが生まれない時、 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:RA907 お題:うへへ、結婚 制限時間:2時間 読者:16 人 文字数:534字
魚の話で盛り上がっていたはずが、いつのまにやら深い海の底の話になっていた。「そんなに悪いもんでもないと思うんだよ。寂しい暗い寒い、そんなのだけじゃないと思うん 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:秋の職業 制限時間:2時間 読者:13 人 文字数:1042字
「秋の職業ってなんだよ。全然思い付かねぇ。そもそも職業って季節で変わんないだろ」喋る息が冷たい。今年はひどく寒い秋だった。太郎は今さっきこたつの中でスマホを操作 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:熱い雪 制限時間:2時間 読者:12 人 文字数:1518字
ほぅ、と息をそっと吐き出す。白く染まったそれは、雪に溶けて消えていった。 冬がやって来る度に、幼い頃を思い出す。近所に住んでいた兄のような彼と共に、駆け回って 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:煙草とあいつ 制限時間:2時間 読者:16 人 文字数:1282字
「煙草って何がいいんですかね」放課後、委員会の仕事で学校を出るのが遅れた僕は、校門の外で煙草を吸っている担任の女教師を見つけた。彼女は教師になって三年目の二十五 〈続きを読む〉

伊織千景の即興 小説


ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:不幸な私 必須要素:大統領 制限時間:2時間 読者:253 人 文字数:1376字
上質なゴートファーラグの絨毯の上は、まるで巨大な獣の上を歩いているような錯覚を覚えさせる。 円状の室内には、トラディショナル家具ブランドの頂点、KINDELの 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:来年のコメディ 必須要素:400字以内 制限時間:2時間 読者:306 人 文字数:400字
「来年のことを言うと鬼が笑うらしいですよ」「そうなのか」「来年は私、ちょっくら蜘蛛の糸でフリークライミングでもしようとおもってるんですよ」「そうなのか」「笑わな 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:安全な誰か 必須要素:カレー 制限時間:2時間 読者:286 人 文字数:1798字
そろそろ前に進まないといけないと思いつつも、いつだって同じ所で堂々巡りだった。 今日だってそうだ。頭のなかでは幾つもの案が浮かんではいた。だけどそれのどれも実 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:コーヒーと感覚 必須要素:丑三つ時 制限時間:2時間 読者:284 人 文字数:1079字
研ぎ澄まされていく。刃物を研ぐように、鏡を磨くように。酒は現実を忘れさせてくれる。嫌なものから目をおおって、心地よい気持ちにしてくれる。だから嫌いだった。コーヒ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:シンプルなあの人 必須要素:時限爆弾 制限時間:2時間 読者:344 人 文字数:1525字
「いつまで泣いてるのよ」「……当たり前だ。こんな時位、泣かせてくれ」僕は、自分の声がかすれて震えるのを、どうしても止められない。怖かった。何故こんな目に自分が合 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:紅茶と計算 必須要素:バナナの皮 制限時間:1時間 読者:311 人 文字数:1374字
白一色、ロココ調の家具に囲まれ、純白のフリルのドレスに身をまとい、ロイヤルコペンハーゲンのティーカップに注がれた今日の紅茶は、フォートナムメイソンのアールグレ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:都会の死 必須要素:バツ印 制限時間:1時間 読者:279 人 文字数:991字
死はどんなものにも平等に訪れる。俺は赤錆びたその馬鹿高い鉄塔を見上げた。涙が溢れた。悲しいのではない、嬉しいのでもない。ただ、涙が出た。その鉄塔の名前は、かつて 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:漆黒の闇に包まれし軽犯罪 必須要素:フォロワーの誰かを○す 制限時間:2時間 読者:296 人 文字数:1371字
「あんたには、何が見える?」錆びついたパイプ椅子に座り、俺は目の前に座るくたびれた様子の中年男性にそう問いかける。答えなど求めてはいない。一方通行の言葉は行き着 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:2つの円周率 必須要素:フォロワー達が○し合い 制限時間:2時間 読者:339 人 文字数:1211字
静寂が、全てを飲み込む。数万という観客がいながら、音一つ立たない。無音のプレッシャー。つばを飲み込むことさえはばかれる緊張。観客たちの視線は、ただ一点。中央に存 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:謎の秋雨 必須要素:コーヒー牛乳 制限時間:2時間 読者:313 人 文字数:1635字
それは、雨のようだった。違うところがあるとしたら、それが赤い色をしていたことと、空からではなく、男の首から吹き出していたことくらいだろう。男は苦痛を感じるより、 〈続きを読む〉