お題:きちんとした消しゴム 制限時間:2時間 読者:353 人 文字数:1540字

綺麗な消しゴムの確率
「きちんとした消しゴムが筆箱の中に存在する確率について、考えたことはあるか?」
 えらく深刻そうな表情で、ティースプーンで砂糖を沢山入れたコーヒーをかき混ぜながら、モガミくんはそう言った。だから僕も深刻そうな表情で、何を言っているかわからないと答えた。

「解ってる解ってる。だれだってそう答える。けれど大切なことなんだ」
そう言いつつ、モガミくんはティースプーンでひたすらコーヒーをかき混ぜ続ける。ひょっとしてモガミくんはコーヒーが飲めないのかもしれないと、ぼくはふと思った。

「消しゴムっていうものは、新品のうちは綺麗に使おうと丁寧に扱うわけだ、けれど因果なもので、消しゴムは使った瞬間から汚れていく。美しい先の尖った白いフォルムも、使ううちに角が取れて丸みを帯び、鉛筆で落書きされたり、鉛筆で突き刺されたり、真ん中でポッキリ折れて2つになったりする。新品の頃のその姿は見る影もない」
君の筆箱の中の消しゴムを見れば明らかだろう。モガミくんはそんな失礼なことを付け加えた。

「それで、結局きれいな消しゴムが筆箱に存在する確率とやらが、一体どんなに重要なんだよ」
僕は少しぬるくなったコーヒーをちびちび飲み、彼のおごりのショートケーキをこれまたちびちびと食べながら彼に聞いた。本題に至るまで妙な例え話を話すのは、モガミくんの悪い癖だった。いつまでも相槌を打っていたら、いつまでも話が終わらない。モガミくんは暫く口ごもった後、こう話を切り出した。

「この前受講した講座で、斜め前の人が消しゴムを落として、それを俺が拾った。消しゴムは確かに使われた形跡があったけれど、随分ときれいな状態を保っていて、きちんとしていた。流れるような手つきで俺は消しゴムを持ち主に手渡した。彼女は軽く会釈をして、微笑んだ。結局その後講座の内容は頭に入らなかった」
純情なやつめ、ショートケーキのいちごを頬張りながら、ぼくは思った。
「その子には声をかけたのか?」
モガミくんは首を横に振る。

「講座が終わってから、横に座っていた男が親しげに彼女と教室から出て行った。話し掛ける余地なんてまるでなかった」
モガミくんは恋に落ちた瞬間、恋に敗れたらしい。
「俺は消しゴム一つでも綺麗に使うような人が好きだ。けれども消しゴムが綺麗に使われる確率なんてわずかで、しかもそれが意中の人となる確率なんてもっとわずかだ。今日俺はそんな確率が重なる人と出会った」
成る程これは失恋話だったのかと僕が口にすると、モガミくんはちがうと強く否定した。

「諦めるにはまだ早すぎる。隣に座っていた男が親しげに話していたからといって、彼女の彼氏とは限らないだろう。ファーストコンタクトは出会いの衝撃から失敗に終わったけれど、次は上手くやってみせる。だからお前に協力して欲しい」

僕はショートケーキの最後の一口をコーヒーで流し込んだ。モガミくんがこの恋を成就させるかはわからない。けれど、友人がささやかな勇気を振り絞って頼ってくれたという事は、自分にとってもなかなか嬉しい事だった。

「そうはいっても、その消しゴムの想い人に本当の彼氏がいたらどうするんだ」
モガミくんは一瞬たじろいだが、何か決意表明のようにこう答えた。
「彼女に迷惑をかけないという大前提の元、出来る事をやりたいと思う。自分が入り込む余地がなさそうだったら、潔く身を引こう。けれど出来る事があるならやりたい。きれいな消しゴムが筆箱に入っていた、そんな奇跡と出会ったのだ。そう簡単に諦めることなんて出来ない」

そう言いながら、モガミくんは筆箱から自分の消しゴムを取り出した。その消しゴムは使い込まれている様子なのに、随分ときれいな状態を保っていた。
作者にコメント

似た条件の即興小説


ユーザーアイコン
作者:高橋K8▼ お題:きちんとした消しゴム 制限時間:2時間 読者:135 人 文字数:1088字
消しゴムってこうアレだよね。芸術?あの純白が間違いによって黒く汚れていってさ、間違いを正すほど自分の身は削れていく。そう、ダークヒーロー!あれ、最初の発言と矛盾 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:きちんとした消しゴム 必須要素:パスタ 制限時間:2時間 読者:172 人 文字数:766字
消しゴム無くした。うっわぁどうしよう今書き間違ったコレはいつ消えるんだ消し去りたい誤字はいつの未来まで残るんだ。そんな風に全力で悩んで居た所隣の美少女ちゃんに気 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:木十林二森 お題:フニャフニャの音 制限時間:2時間 読者:6 人 文字数:1630字
奇妙な道があった。別段曲がりくねっているとか、地面がおかしいとか、そういうわけではない。人通りが多いような住宅街にあるわけでも、商店街にあるわけでもない。むしろ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:2つの神話 制限時間:2時間 読者:17 人 文字数:2519字
それはきっと間違いだったのだろう。永く続く戦争がもたらした、いびつな歪み…それでも、この気持ちに嘘はないと思っている。そうして僕は彼女の手を取り、昏く輝くゲート 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:スポーツの尿 制限時間:2時間 読者:13 人 文字数:2483字
競技祭を三日後に控えた海辺の街は沸き立っていた。観客らしい者たちや、出場者と見える屈強な男たちが、検問を突破して次々と門を潜ってゆく。 競技祭は、四年に一度行 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:くのう(貼るタイプ) お題:熱いもこもこ 制限時間:2時間 読者:17 人 文字数:3376字
気が付くと辺り一面はすべて赤色に染まっていた。熱い、呼吸をするたび、不愉快なくらいに熱気を帯びた空気が喉を通りぬける。口の中はカラカラだ。さっきまで汗にまみれて 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:記憶の経験 制限時間:2時間 読者:12 人 文字数:176字
記憶を手繰り寄せるように、頭の中をかき混ぜる。今まで辿ってきた道のりが遥か遠くに感じた。と、そこで、視界に光が降り注いだ。閉じていた目を開けた。たったそれだけの 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ころね お題:愛すべき口 制限時間:2時間 読者:22 人 文字数:398字
佐々木はなんでも食べた好き嫌いをしないで食べた大人達が褒めてくれた佐々木は喜んだ佐々木はなんでも食べた嫌いなものを代わりに食べた友達が感謝してくれた佐々木は喜ん 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:猫目石[DEAD] お題:つまらない女 制限時間:2時間 読者:21 人 文字数:4342字
病院の屋上の柵に腰掛け、未だ帰ってこない彼を待つ。「つまらない女」そう言って彼は自分を見捨てた。高校生の時に付き合い始めた彼。最初は遊びだと思っていた。けれども 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:サルモンキー お題:禁断の風 制限時間:2時間 読者:22 人 文字数:4526字
回転寿司屋のアルバイトがきっかけで、君とぼくとは出会った。初めて君の姿を見た時、ぼくは「なんて地味な女性なんだろう……」と思ったのを今でもよく覚えている。よれ 〈続きを読む〉

伊織千景の即興 小説


ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:不幸な私 必須要素:大統領 制限時間:2時間 読者:276 人 文字数:1376字
上質なゴートファーラグの絨毯の上は、まるで巨大な獣の上を歩いているような錯覚を覚えさせる。 円状の室内には、トラディショナル家具ブランドの頂点、KINDELの 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:来年のコメディ 必須要素:400字以内 制限時間:2時間 読者:326 人 文字数:400字
「来年のことを言うと鬼が笑うらしいですよ」「そうなのか」「来年は私、ちょっくら蜘蛛の糸でフリークライミングでもしようとおもってるんですよ」「そうなのか」「笑わな 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:安全な誰か 必須要素:カレー 制限時間:2時間 読者:302 人 文字数:1798字
そろそろ前に進まないといけないと思いつつも、いつだって同じ所で堂々巡りだった。 今日だってそうだ。頭のなかでは幾つもの案が浮かんではいた。だけどそれのどれも実 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:コーヒーと感覚 必須要素:丑三つ時 制限時間:2時間 読者:306 人 文字数:1079字
研ぎ澄まされていく。刃物を研ぐように、鏡を磨くように。酒は現実を忘れさせてくれる。嫌なものから目をおおって、心地よい気持ちにしてくれる。だから嫌いだった。コーヒ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:シンプルなあの人 必須要素:時限爆弾 制限時間:2時間 読者:366 人 文字数:1525字
「いつまで泣いてるのよ」「……当たり前だ。こんな時位、泣かせてくれ」僕は、自分の声がかすれて震えるのを、どうしても止められない。怖かった。何故こんな目に自分が合 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:紅茶と計算 必須要素:バナナの皮 制限時間:1時間 読者:344 人 文字数:1374字
白一色、ロココ調の家具に囲まれ、純白のフリルのドレスに身をまとい、ロイヤルコペンハーゲンのティーカップに注がれた今日の紅茶は、フォートナムメイソンのアールグレ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:都会の死 必須要素:バツ印 制限時間:1時間 読者:303 人 文字数:991字
死はどんなものにも平等に訪れる。俺は赤錆びたその馬鹿高い鉄塔を見上げた。涙が溢れた。悲しいのではない、嬉しいのでもない。ただ、涙が出た。その鉄塔の名前は、かつて 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:漆黒の闇に包まれし軽犯罪 必須要素:フォロワーの誰かを○す 制限時間:2時間 読者:318 人 文字数:1371字
「あんたには、何が見える?」錆びついたパイプ椅子に座り、俺は目の前に座るくたびれた様子の中年男性にそう問いかける。答えなど求めてはいない。一方通行の言葉は行き着 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:2つの円周率 必須要素:フォロワー達が○し合い 制限時間:2時間 読者:362 人 文字数:1211字
静寂が、全てを飲み込む。数万という観客がいながら、音一つ立たない。無音のプレッシャー。つばを飲み込むことさえはばかれる緊張。観客たちの視線は、ただ一点。中央に存 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:伊織千景 お題:謎の秋雨 必須要素:コーヒー牛乳 制限時間:2時間 読者:337 人 文字数:1635字
それは、雨のようだった。違うところがあるとしたら、それが赤い色をしていたことと、空からではなく、男の首から吹き出していたことくらいだろう。男は苦痛を感じるより、 〈続きを読む〉