お題:早い克服 制限時間:15分 読者:395 人 文字数:980字

千年も先に結論に達してしまった男の場合
 

 この世界が不幸なのは、誰も彼もがスピードと効率を求めるからだ、間違いない。

 通勤快速に詰め込まれたサラリーマンはある朝そう直感し、それが人生の心理であると結論した。それはもう、天啓と呼んでも差し支えないくらい、彼の人生と身体を頭から爪先まで支配する強烈な直感だった。だが彼は不幸なことに、この世界を不幸に陥れている効率とスピード信仰は、彼一人では、彼の人生すべてを捧げたとしても覆すことは出来ないだろうということも、同時に理解してしまった。そう、少なくとも、この現代という時代において、人間でいる限りは。


「ならばこんな世界に用はもう無いな。人間にも用はない。よし、もっと有望なものになろう」


 彼は駅のベンチに腰掛け、通勤鞄を足元に転がし、二時間ほど思索に耽った。
 主な命題はこれだ。

 Q:この世界に置いて、スピードと効率を克服しているのは、何か?


「命をスピードに駆り立てるのは、おそらく鼓動ってやつがいけないな。
 なんてこった、この左胸で俺を動かしている命の源こそ、俺の不幸の元凶だなんて!
 でもそのとおり、きっと間違いない。鼓動が時間を支配しているんだ。
 身体の大きな生き物は、鼓動がとても遅いというし、それに従ってゆっくりと穏やかに生きるそうじゃないか」


 第二の命題だ。

 Q:では、今の地球で、一番、スピードと効率を、つまり、進化を、生き物の運命を、克服したのは、誰か?


「つまり、のんびりしてる生き物だろう?
 猫、いや、あいつらは寝るのと同じくらい、忙しく走るのが大好きだったな。
 象? ……いいや、陸亀。それよりは鯨かな。
 いやいや、樹木を計算にいれたら、それこそどうなるか分からないぞ」


 男はしばらく考えているうちに、自分の思考さえスピードと効率から逃れられないことに、ほとほと嫌気がさしてきてしまった。
 男は平和と平穏を愛していた、人間としての器を越えるほどに愛してしまっていた。生まれる種族を間違えたのだ。彼は、あらゆる早さを克服しようと思った、あらゆる平和の実現のために!


「ようし、これだ!」


 男は、自分が生まれるべきだった種族を脳裏にありありと思い浮かべ、新たな誕生を迎えるべく、自らの足が出せる最高のスピードで走りだし、プラットホームから飛び降りた。


作者にコメント

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