お題:騙された紳士 制限時間:2時間 読者:658 人 文字数:2823字

濡れ鼠にご用心
『濡れ鼠にご用心』



大雨の降り注ぐ晩夏の夜、ずぶ濡れの少女はうずくまっていた。
所持品は、纏っている衣類以外になく、ただ暗雲の広がる空を睨むように見上げていた。

「風邪を引かれますよ?」

ふと、雨が止んだ。
気が付くと、少女の視界には若い男の顔があった。
とても優しそうな、それでいて端正な顔立ち。
着ている物はなかなか高級そうで、長く黒いコートは男を闇に紛れさせようとしている。

「女性がこのようなところで一人で・・・・それに、身体も冷えてしまっているでしょう。
 近くに私の家がありますから、どうかそちらで休まれて下さい。」

少女を憐れんだその紳士は、少女の前にしゃがみ込み、持っていた傘を傾けた。
しかし、少女の足元をよく見ると、靴どころか靴下すら穿いていなかった。
細く小さな足で地面を歩かせることなど、男の良心が許すはずもなく。

「失礼します。」

全身が雨で濡れ、冷え切ってしまった少女の身体を、包むように抱える。
少女は力なく男にされるがまま、男の家へと連れられて行った。



男の家は、とある高級マンションの一室だった。
床が濡れようとも関係なく、男は少女を、まず浴室へ連れて行った。
少女は疲れているのか、へたりと洗い場に座り込む。
男はコートを脱ぎ、少女のためにバスタオルを用意しようとした。

『・・・お湯に、浸かりたい。』

出逢ってから一度も開かれていなかった少女の口が、唐突に動いた。
確かに、浴槽にお湯は張ってある。
冷えている身体を温めたいと、初めて自分の意志を示したのだろう。
どこか悲しげで無表情の少女に、男は紳士的に返す。

「わかりました。タオルと着替えを用意しておきますので、ご自由になさってください。
 あぁそれと、脱いだ衣類はこちらのカゴにお入れください。」

名も知らぬ少女へ、男は献身的なまでに優しく接した。
座り込んでいた少女がゆっくりと浴室の扉を閉める。
男は、少女を連れ込んだ際に濡れた床を拭き、自分の服を着替えた。
そして、少女が入浴を終える前に、バスタオルと適当な着替えを用意した。
男に、人助け以外の他意はなかった。
これからの少女の処遇など、考えておこうという意志すらなく。



男がリビングにいると、浴室の扉が開かれる音がした。
どうやら、少女が入浴を終えたらしい。
夕食はすでに二人分用意されている。
やがて、少女が脱衣場の扉を開き、姿を現した。

『指に力が入らなくて・・・ボタンを、かけられなくて・・・・・・』

脱衣場を出た少女は、男が用意したパジャマの上着を羽織った状態だった。
頭からバスタオルを被っているものの、たわわな胸が今にも露出しそうである。
男は多少動揺したものの、落ち着いて少女の前へ行き、パジャマのボタンに手をかける。
下心が無いわけではないが、か弱い少女に手を出すほど下郎ではない。
1つずつ、掛け違えのないように、下からボタンを留めてゆく。

『・・・・・ふふっ』

「?」

ふと、少女が笑みをこぼした。
ボタンはあと3つ残っており、放置すれば肌蹴かねない状態である。
不思議に思った男が少女の方へと視線を上げた、その刹那。

「っ!?」

『お兄さん、小娘には欲情しない人?』

悪戯な笑みを浮かべた少女が男の手を掴み、自らの胸へと誘導した。
突然訪れた柔らかい感触と衝撃に、男は動揺を隠せず、固まってしまった。
紳士的な男には、少女を振り払うことができない。
パジャマ越しではなく、わざわざ直接柔肌を触れさせられている。
男は、少女の行動の意図がわからなかった。

『ねぇ、女の人とこういう経験、ないの?』

「・・・残念ながら、このような経験は・・・」

『ふぅん。じゃあ、こうしても興奮しないんだ?』

「っ!」

少女は、自らの胸を揉ませるように、男の手を動かした。
指に力が入らないとは、嘘だったらしい。
男から目を逸らさず、ただ男性が欲情するであろうという行動を起こす少女。
理性を必死に保っていた男は、少女が出した問いに答えた。

「私とて、一介の男というものです。興奮・欲情、そういったものは感じられます。」

『私にも?』

「えぇ、もちろん。麗しい少女の肢体に直接触れるなど、非道徳的ですから。」

『ふふふっ、お兄さんって、思いのほか普通の人。でも、変わってる。』

少女は男の手を離し、ひらりと男に背を向ける。
男の手には、少女の胸の感触がまだ残っているようだった。
自分でパジャマのボタンを留めた少女は、改めて男の方へ向き直る。

『私、探してたの。本当に優しい人。最近の金持ちは駄目ね。全然紳士じゃないもの』

先ほどまでの、無表情でか弱い少女はどこへいったのか。
小悪魔のようで、それでいて憎めないほど愛らしい少女が、今目の前にいる。
よく見れば、男はその顔に見覚えがあった。
直接会ったことがあるわけではないが、写真か何かで見たことがある。

『お見合いじゃその人の素性ってわからないから、毎回身体張って確かめてたけど。
 お兄さんは本当に良い人みたいね。』

少女の言葉に、男はようやく思い出した。
男の務める会社に投資している、大企業の社長の娘。
つまりは、どこぞの御令嬢である。
渡されていた見合い写真に映っていた、まさにその少女だった。

『さすがに家出少女みたいだったでしょ?私、演技は得意なの。』

「い、いつも、あのようなことを・・・?」

『うん。お見合いする相手の帰路に、ああやって佇んでみてる。
 助けてくれたのはお兄さんで十数人目で、欲情しなかったのはお兄さんだけ。
 でも、もうこういうこともお見合いもしないわ。』

不意を大きく突かれた男は、平静さを保つのがやっとだった。
拾った濡れ鼠は、挑発的な笑みを浮かべて衣服を脱ぎ捨てていく。

『今日は体を許してあげることはできないけれど、抱きしめるぐらいならいいよ。
 むしろ、私がぎゅぅってしてほしいから、ね?』

一糸纏わぬ姿となった少女が、男にそっと抱きついた。
少女に体が無い事を察した男は、理性を飛ばすことなく、優しく少女を抱きしめ返す。


――――――――騙された。


思わずそう納得してしまった男は、少女への敗北感に笑みをこぼした。
そして男は、風邪を引いてしまわないようにと、自分が着ていたシャツを少女に羽織らせた。

『紳士な人。まるで天使みたい。』

「そう言うあなたは、濡れ鼠の振りをした、とても可愛らしい小悪魔です。
 まんまと騙されました。」

『クスッ、そうね。悪くないわ。』

男の表現を気に入った少女は、男の首に手を回し、そっと唇を合わせた。
少女の大胆な行動を、男は黙って受け入れ、その感触に酔いしれた。
大雨はいつの間にか止み、静かに夜は更けていった。





The End.
作者にコメント

似た条件の即興小説


ユーザーアイコン
作者:今世紀最大のオルガスムス お題:騙された紳士 必須要素:変なにおい 制限時間:2時間 読者:282 人 文字数:2083字
それがロボットである自分を狙った計略だと気付くまでそれほど時間はかからなかった。機体は熱を上げ、既にオーバーヒート直前まで迫っている。ウイルス除去ソフトを立ち上 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:でかい病気 制限時間:2時間 読者:6 人 文字数:495字
この病気は、全部あいつのせい。誰が何と言おうと、絶対に私は悪くない。身体中が熱いのも、甘い妄想で頭が破裂しそうなのも、こんなに胸がジクジクするのも、その胸をかき 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:7才 お題:苦い心 制限時間:2時間 読者:19 人 文字数:657字
吸い込むとすべてが苦いと感じた。私を取り囲むすべてが。そしてそれが暫く経つと、頭がカーっと熱くなり、心が完成した。苦味、そして心。2039年、人工知能は苦みばし 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:クリオネ お題:早い祖父 制限時間:2時間 読者:10 人 文字数:2421字
祖父はいつも朝起きるのが早かった。「年寄りは早く目が覚めるもんじゃよ」そう言ってニカッと笑う祖父は、いつもは厳しくて怖いジジイのくせして少年のような顔を浮かべた 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:蓮狐 お題:忘れたい男 制限時間:2時間 読者:14 人 文字数:3380字
昔、大切な友人達がいた。今はもう会えない友人達。いつか、そこに行くまで、そこで待っていてくれ—…「はいはい。もう聞き飽きましたよ、その話」片手にビールジョッキを 〈続きを読む〉


ユーザーアイコン
作者:ひよめき お題:平和とむきだし 制限時間:2時間 読者:18 人 文字数:1994字
祖国リューエリーに勝ち目はなかったのだ。先の戦役により、わが国は完膚なきまでに叩きのめされた。あの屈辱的完全降伏以外の道はなかった。北方平原に身を横たえるツヒ連 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:椎名 葛 お題:見憶えのあるぷにぷに 制限時間:2時間 読者:16 人 文字数:901字
「猊下」「何だ」「ぷにぷにしております」「そうだな」「猊下」「何だ」「これは何でしょう」「養殖カイルだ」「養殖カイル」「主立って、私の世界線に存在する生き物…… 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:こんて@118 お題:生きている天使 制限時間:2時間 読者:16 人 文字数:3736字
+++★ちょっと偉すぎるかも? 妖怪のランクを決めておいた方が良い。 とりあえず最高ランクで きみが見ている景色をわたしも見てみたかった。 きみの事がもっと知り 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:匿名さん お題:すごい体 制限時間:2時間 読者:17 人 文字数:86字
ある日、僕は目が覚めた、身体が何だか変だが、目覚ましを止めて洗面台の方へ足を運んで顔を洗う為に鏡を見たら僕は凄くびっくりしてしまった。僕の身体が犬の身体になって 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ト・ヘン@F.Archer お題:愛と欲望の霧 制限時間:2時間 読者:40 人 文字数:819字
愛とは何か。それを問えば十人十色の答えが返ってくるだろう。例えばそれは美しく純粋なものであったり。例えばそれは温かく時に燃やし尽くすものであったり。例えばそれは 〈続きを読む〉

ほにゃら隊長の即興 小説


ユーザーアイコン
作者:ほにゃら隊長 お題:疲れたカリスマ 制限時間:2時間 読者:1017 人 文字数:2040字
「はぁ~。」時刻は、午後9時を回ったところ。住宅街にたたずむちょっと大きな一軒家に、その男は帰ってきた。リビングに現れるなり溜め息を漏らす、長身・黒髪ショートの 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ほにゃら隊長 お題:騙された紳士 制限時間:2時間 読者:658 人 文字数:2823字
『濡れ鼠にご用心』大雨の降り注ぐ晩夏の夜、ずぶ濡れの少女はうずくまっていた。所持品は、纏っている衣類以外になく、ただ暗雲の広がる空を睨むように見上げていた。「風 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ほにゃら隊長 お題:暑い凶器 制限時間:2時間 読者:721 人 文字数:1456字
「あづ~・・・・・」季節は夏、誰もが猛暑と呼ぶ時期。日差しという名の凶器を常に突きつけられ続け早十数分。この凶器はヤバイ、痛い、暑い。と、うなだれていてもどうに 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ほにゃら隊長 お題:シンプルなブランド品 制限時間:2時間 読者:803 人 文字数:2855字
私は、知っている。あのお淑やかで物静かで控えめな美少女、霧咲純(きりさき じゅん)が、とある大企業の社長令嬢であること。しかし、彼女がブランド品らしいブランド品 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ほにゃら隊長 お題:今年の発言 制限時間:2時間 読者:740 人 文字数:2432字
突然呼び出された10畳半のとある一室。俺を呼び出した奴は、高らかにこう告げた。浩介「新年!明けました!!!」当然のことながら、俺は次の言葉に詰まった。なぜならば 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ほにゃら隊長 お題:打算的な孤島 制限時間:2時間 読者:786 人 文字数:4295字
超高層ビルの最上階に位置する、とある女が居を構える、禁断の事務所。天空の孤島、探偵の隠れ家、隔離された牢獄・・・。いろんな人が、いろんな呼び方をするこの場所。今 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ほにゃら隊長 お題:彼の私 制限時間:2時間 読者:916 人 文字数:4469字
彼にとって、私は所詮、一介の一般人でしかないのだろう。そんな考えを持ってからというもの、私の中から、恋の芽が育つ肥沃な土が消えた。彼は近所に住むお兄さんで、いわ 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ほにゃら隊長 お題:神の神様 制限時間:2時間 読者:847 人 文字数:3796字
「ねぇ、知ってる?天界を治める神にも、神様がいたんだって。」それは、あまりにも唐突な話題だった。さらに言うなら、意味不明だった。『・・・・は?』俺は思わず、言葉 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ほにゃら隊長 お題:ねじれた出会い 制限時間:2時間 読者:776 人 文字数:1926字
「く、来るな!俺に触るな!!!」それが、ソイツに初めて会った時の、第一声だった。真っ暗な部屋、鉄格子、冷たいコンクリート。金のために売り飛ばされた俺は、ここで飼 〈続きを読む〉

ユーザーアイコン
作者:ほにゃら隊長 お題:黒い祖父 必須要素:文を動詞の現在形で終わらせない 制限時間:2時間 読者:726 人 文字数:2208字
俺の祖父さんは、いつも真っ黒な服を着ていた。最初は、全然気にならなかった。けど、和服も洋服も、なんでもかんでも真っ黒だったのが、最近になって不思議に思い始めた。 〈続きを読む〉