お題:誰かのつるつる 制限時間:1時間 読者:848 人 文字数:6395字

昔の相棒 消えない古傷
[ジャンル:ファンタジー]


 私は冒険者だ。
 世界中の遺跡や魔物が棲むという危険な洞窟、様々な場所を行き来してお宝を手にしてそれを売買することを生業としている。
 とくに、うまくピンチをすり抜けたときのスリリングさが堪らない。
 時々、
「お前、そんなことをしていると死ぬぞ」
 なんて言われるけれど、それは本望だった。

 さて、そんな私だったが、今ちょうど、まさにそんな危機に直面している。
 目の前に、体長三メートルはあろうかクマが、私の道を塞いでいるかのように立ちはだかっていた。
 あのう申し訳ないのですがそこをちょっと退いていただけないでしょうか、なんてコトバが通じる相手なのならばよかったが、そんなわけにはいくまい。
 昔話の中には、クマを説得してともに酒を飲み交わした英雄の話なんてものもあるが、そんなの例外だ、論外だ。並の人間にそんなことが出来るわけがないのだ。
 かといって背中を見せればぐさり、だ。
 彼らの足は実はとても早いのだから……。
 木に登る? 彼らも木登りは大得意だ。
 なら、どうすればいいか。

 私は腰にあるダガーを引き抜いた。
 これだ、これで生き残るしかない。
「わあああああ!」
 自分の勇気を振り絞るようにして、私は……。


 逃げた。
 ダガーを手にしたまま。
 案の定クマは私を追ってくる。
 構わない、こちらにもテがある。
 次の大樹を曲がれば確か……。
「ここっ!」
 大きな幹を横たえている木がある。そこの地面と木の隙間は狭く、私の細さであるならスライディングで抜けられそうだ。
 そしてうまい具合に、私はそこをすり抜けた。
 滑りながら、すぐさま背後を確認する。 
 このクマであれば間違いなく激突するはずだという私の策は見事に決まり、激しい打音がうち響く。
 少しくらいは時間稼ぎになるはずだ。
 こんなに細身のニンゲン、彼だってわざわざこれ以上痛い目にあってまで追いたくはないだろう。

 私は今度こそ後ろを見ずに全力疾走して、近くの村に転がり込むのだった。


 村では、そのクマの話を聞くことが出来た。
 ただ、それは悪者としてではなく、この地の守護者としての伝説だった。
 心無い者がこの地に入り込もうとしたときに襲ってくるらしい。
 故に、村人は最初私のことを怪訝な目で見たが、話をするに
「最近は森も大分貧しくなってしまったから、お腹がすいたのだろう」
 と私の人となりを見てそう判断された。
 つなぎの食物だったのか……。
「まぁよかったよ、ヌシ様がご無事で」
 私の心配はされずクマの無事を安堵された。この気持ちを何に例えよう。
「それにヌシ様を殺さなかったってことはそれなりにあんたもいい人だろ」
 それなりにって。それなりにってひどいんじゃないの。
 震える私に気づかず、村人はそのまま宿へと案内してくれた。
 なんだかんだで、私の感じていた恐怖や疲労には気づいてくれていたようだった。


***

 同時刻、某所。

 村が見えるその高台に、その男は佇んでいた。
 片目は何かで潰れたのか、眼帯で隠している。
 人相がいいとはお世辞にも言えないその男は、数人の部下を引き連れ、馬に乗って森の奥へと入り込んだ。

 にやり、と下卑た笑いを伴って。


***

 久々にちゃんとしたご飯とお風呂にありつけたことへの感慨は凄まじかった。
 やはり人間は衣食を足りて礼節を知るもののようだ、ようやく心の余裕が出来て、昼間の村人にも礼を言うことができたし、他の村人にもヌシ様に襲われたことに対しての誤解を解く気持ちにもなれた。
 やはり一定数の人間は私が絶対に悪いと思っていたようだった。
 説明をすると少しはその人数は減ったようだったが、それでも信心深い老人などは私のことを外敵だとみなしているようだった。
 でも、純真な子供などは私のことをすんなり受け入れてくれたのだった。

 次の日、私は次の村へと向かうための支度を整えるため、様々な家を巡っていた。
 大きな町なら店を巡ればいいが、こういうところは自給自足が多い。こちらから必要なものはお金あるいは物々交換で入手しなくてはならないし、場合によっては加工も自分で行わなくてはならない。
 故に、色んな家を巡り、余っている物はないかを訪ねては色々と取り揃えていたのだが……。

 うららかな、平和な午後だった。
 暖かな日差しが照らし、子供たちの笑い声の映える光景だった。

 そんなこの村の見張り台から、悲鳴が聞こえた。
 それから間もなく立て続けに聞こえた鐘の音。
 緊急事態を知らせていた。



 鐘の音が聞こえて間もなくの頃だった。
 いくつもの馬の蹄の音が轟くように響いた。
 何か、組織だった集まりがこちらに押し寄せている。
 そう、私は直感した。

 申し訳ないことに私は戦いに特化した人間ではない。
 だから、そういう外敵を一人でのして英雄になるなんてことはできない。
 でも、こういう緊急事態に遭遇したことがないわけではない、ある程度の心構えと、覚悟の用意ができている。
 得物がしっかりと腰にあることを確認して、私は村の入り口の様子を探りに行った。

 見張り台の鐘は壊されていた。
 立っていたはずの人はいなくなっていた。射落とされその場に崩れ落ちたのかもしれない。
 既に村の入り口では略奪行為が始まっていた。
 思ったよりまずい具合だ。かなり手馴れている。
 私は、まず彼らに気取られない範囲の村人に避難を呼びかけていくことにした。


 避難民を集めた村外れの小屋にて、私は村長から叱責を受けていた。
「やはりお前が災いを招きこんだのだ!」
 しかし、そのお付の女性は村長を止めた。
 多くの命を助けてくれたことを彼女は知っていたからだ。
 でも、私を責める声は止まらなかった。
 私は居た堪れなくなって、その小屋を飛び出した。
 いくつか、私を止める声も聞こえたが、私の心にまでは届くことはなかった。


 村に戻ると、手遅れだった場所にいたであろう村人の残骸や物の残骸が酷く散らばっていた。
 近くの人に試しに触れると、まだ暖かい。斬られて間もないだろう。
 だが、手当をすれば助かるかもなんてことは思わなかった。彼には肩から上が既に無かったのだから。
 暖かい赤の血だまりが、あちこちに出来ていた。

 そして、今また一つの悲鳴が聞こえる。
 物陰から様子を見る。
 そこには、まるで舞台を整えたかのように、そこには、加害者と被害者しか存在していなかった。
 こちらに背中を見せて、大きな剣を振るう男と、斬られた女性と。
 彼女は声もなくその場に伏せた。
 また新しい血だまりが出来上がっていた。
 そこに静かに佇む一人の男。それはまさしく絵画のよう。
 しかしこれはただの殺戮行為だと、現実を見る。

 音を立てずに歩く。一撃必殺、急所を狙うしかない。
 相手は群れだ、少しでも騒ぎを起こせば仲間を呼ばれる。
 そうなれば当然こちらには分が悪い、何よりこちらには戦闘経験も得物も体格も何ひとつとして相手より優れている点がない。
 ダガーが、引き抜かれる。
 相手のうなじめがけてそれを振り下ろした時だ。
 彼と目があったのは。

 彼は、隻眼だった。
 そして――

 鋭い金属音を立てて、それは弾かれた。
 同時に、私も吹っ飛ぶ。
「うぐぁッ!」
「おいおいネェちゃん、もっとお誘いは色気を使ってくんな」
 ゆったりとこちらに向かってくる男。
 肌は浅黒く、日光によくあたっていることがわかる。
 そして露出しているところは、もれなく古傷があった。
 片目は眼帯で隠れていた。
 ……顔を見た瞬間、私は固まった。
(この……顔)

 私は絶句した。
「誰かと思えば、シャーリィか」
 男の言葉のほうが、早かった。
「ゼクト、ここで会うことになるとはね」
 私も、彼の名を口にする。
 過去、私たちは……仲間、いや、相棒関係だったことがあった。


***

 その頃は、恐れを何も知らなかった。
 自分たちにはなんでも出来るとそう信じていた。
 事実、私たちは失敗なんてなかった。
 その日が来るまでは。


 赤、赤、赤。
 洞窟に広がる鉄さびた匂い。
 鈍い音のあとに続く水音。ぐしゃりと水が飛び散るような音。
「い、いや……」
「に、逃げろ……、シャーリィ……」
「いや、ゼクト、ゼクトォー!」

 あの日が、来るまでは。

***

「生きていたのね……」
「お前はとっとと逃げたよな、ハッ、冷たい女だこって。長い付き合いだったってのによ」
 しかし、何故彼は生き延びたのか。
 私たちは、盗賊団のアジトに侵入して、見つかってしまったというのに。
「……まさか」
「おう、今や俺がボスだよ」

 あのケガを負ってなお、彼は、自分に武器をふるい続けた男に反撃をした。
 結果、当たり所が悪く、相手の男は亡き者となった。
 そして力関係が発生し、部下がもれなくゼクトについたということだった……。

「……単純なのね、盗賊って」
「力がありゃあいいんだよ」
 まあ俺も何度も首を狙われたけどな、と彼は続ける。
「さっきのお前みたいにな。おかげで死角からの殺意にゃ敏感でな」
「イヤミのつもりかしら」
「冥土の土産かもしれんぜ?」
 彼は、大剣を構えた。
「そう、私を殺すの」
「見殺しにしたやつがよく言う」
「……そうね、言い訳はできないわ」

 あの日から、自分が死んだようだった。
 自分の死地をどこかに求めて、いつも死と隣り合わせの場所にいた。
 でも、死にたくなかった。
 だから、恥ずかしいことに今日この日まで生きている、生き延びてしまっている。
 彼を見殺しにした私なのに、私は生きてしまっている。
 そのことを後悔しない日はなかった。

「でも、よかった、生きてて」
 その言葉は、すんなりと出た。
 長年の憑き物が落ちたようだった。
「よく言う、すぐに気づかなかったくせに」
「ははっ、あなた、自分で気づいてないかもしれないけど、相当に人相変わったわよ?」
 私は微笑する。
 彼が生きているとわかった以上、そして彼が私を殺したいと願う以上、生きている理由はもうない。
「じゃあ、またあの世で会いましょ、今度はちゃあんと待ってるわよ?」
 ゼクトの、それまでの笑顔が凍りついた。
 何故、憎い女を殺せるというときに、そんな悲痛な表情をするのかが分からなかった。
 彼は、大剣をふるう。
 ああ、私もサヨナラか、そう思った時だった。

 ずしんと、大きな音が響いた。
 おそるおそる目を開いてみる。
 光景は、先ほどと変わらない。天国でも地獄でもないようだった。
「……あれ?」
 ゼクトは、剣を既に振り下ろした体制だった。
 では、誰が斬撃を受けたのか?

 私は数拍して、その存在に気づいた。
「……ヌシ様?」
 あの、クマだった。

「……」
 ゼクトは、黙っていた。
 そして、安堵したように笑った。
「は、ははははッ! 運がいい女だぜ!」
 そう言うなり、周りから彼の手下であろう男たちがわらわらと、そこいら中から出てきていた。
 既に囲まれていたのか。
 私は、今になって気づいた。
「おい、野郎共! こいつの毛皮は高く売れることだろうよ! 今日はこれでしめぇにするぞ!」
「カシラ、そこの女は……?」
「ああん? んな死にぞこないのブサイク、俺の趣味じゃねえ。かといって、俺が見逃した女に手ぇ出してみろ、お前らを細切れにすんぞ」
 ちょっと矛盾しているような。
 私が口を出せる立場ではないが、心の中で笑ってしまった。

 そうか、切りたくなかったんだ。
 でも、部下がいたから、見逃せなかったんだ。
 見逃せば、私は他に部下に……。
 手加減をしてやろうと思ったのか、せめて自分の手で、と思ったのかは分からない。
 けど彼は言葉通り、クマを引きずっていく。
 ……あんなに重そうなのに。

 私は心の中で、ヌシ様に感謝し、詫びた。
 ごめんなさい、また生き延びてしまった、と。


 私は村長たちに、村はもう安全そうだということを報告に行った。
 そしてその足で、そのままその村からは立ち去った。
 彼らから見た私は、どう映るだろうか。分からない。




 そうして私は、村から出た大勢の足跡を辿っていた。
 数日もすればすぐに追いついた。
 ゼクトの部下が、私を見とがめた。
「お前、この間の……」
 覚えられるほどのことをしていないのだけれど。
 すぐゼクトに報告が上がり、私は彼らのアジトに一度あがることになった。
 ……志願者として。

「お前正気か。せっかく見逃してやったのに」
 人払いは済ませてあった。
 この狭いおかしら用の部屋は、未だにあの時の彼の血の跡が残っている。
 私の罪を忘れさせない、そんなふうに見えた。
 ろうそくの明かりがゆらゆらと揺れると、一緒に人影も揺れた。
「組織をよくするなら内部からって言うじゃない」
「それだけのためじゃないだろ」
 むしろ、それはオマケ。
 それはきっとゼクトも分かっている。
「いいじゃない、減るもんじゃなし、むしろ増えるわよ」
「女がこの男集団に来ることの危険さをだな」
「頭の女にゃ手を出さないでしょ」
 ゼクトは文字通り固まった。
「……何言ってんだお前」
「そういうことにすれば?」
 ゼクトは呆れてモノも言えないようだった。
「あのね、私、ずっと後悔してたのよ。あなたを見捨てたこと」
「言葉だけならなんとでも」
「じゃあ見せてあげるわ」
 いきなり服を脱ぎだした私を慌ててゼクトは止めるが、完全に止めるには行き届かなかった。
 私は彼に背中を見せる。
 あちこちが、古傷だらけのはずだ。生死をさまよったこともある。
「……」
「死に場所を求めて、危険なことばっかやっちゃってたのよ」
「ったく、女だろ……テメェを大事にしろよ」
「自分を大事にする方法が分からないから、誰かに守ってもらわないと?」
 私は服を着ながら、そう言う。
「ゼクトが死んでるなら、私なんて生きてても意味はない、そう思っていたのよ」
「……よく言うゼ」
「ま、生きてるんだから、あんたが殺したくなったら殺して。じゃなかったら傍に置いといて。適当に応援するわ」
 私が何に使えるか、なんて知り尽くしているでしょう?
 そう微笑むと、彼も悪い気はしなかったようだ。
「ったく……わかったよ、お前には適わないな昔から」
 本当言うと、信頼のおけるやつなんて居ないもんだから、結構精神摩耗してたんだ、と彼は続けた。

「交渉は成立かしら?」
「押しかけ女房もいいトコだな」

 それから、ゼクトの盗賊団は間もなく解散することとなる。
 そして二人の名のある冒険家が、活動を再開する。

 ゼクトは、元いた盗賊団から、クマの毛皮だけを持ち出した。
 相方が、それだけは手元に置きたいと言って聞かなかったからだ。
 彼女は、本当を言えば剥がれた本体を、と思っていたが、そういえばそのクマにも一度襲われたんだったなあ、と苦笑していたが。毛皮のなくなったクマはもうツルツル頭になっていることだろう。
 その埋葬も……さんざん食べたりなんたりしたあとだったが、済ませていた。



「さ、行きましょうか」
「まーたお前に仕切られる日々の再開か」
「悪いとは思ってないんでしょ?」

 よく晴れた青空のもと、二人は楽しげに、歩を進めはじめた。
作者にコメント

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