お題:彼の私 制限時間:2時間 読者:886 人 文字数:4469字

消したはずの期待
彼にとって、私は所詮、一介の一般人でしかないのだろう。
そんな考えを持ってからというもの、私の中から、恋の芽が育つ肥沃な土が消えた。



彼は近所に住むお兄さんで、いわゆる幼馴染という存在だった。
6歳離れた私は一人っ子で、両親は共働き。
雰囲気や状況にノるのが苦手だから、友達は少なかった。
遊び盛りだっただろうに、彼は友人と遊ぶよりも、
私とよく遊んでくれていたと思う。

「アヤ。」

私の名前は、彼が一番使っていた。
両親よりもずっと、彼がたくさん。
彼に名前を呼ばれるのが好きだった。
彼に手を引かれて歩くのが好きだった。
何をしていても、彼と一緒なら楽しかった。



私が中学校に上がる前の時点で、彼は人気者だった。
私の自慢の幼馴染だった。
テレビにも雑誌にも、彼の顔が映る。
彼の話題には、みんなが盛り上がる。
そうして私は、気づいてしまった。

『彼の隣にはもう、居られない。』

現実を見てしまった。
彼は、みんなのものだ。
幼馴染だからといって、彼と今までのように接することは許されない。
特権などない、そう結論づけてしまった。
それを知った時、私は酷く絶望した。



中学・高校と、私は彼の幼馴染であることを隠し続けた。
正直のところ、隠していて正解だった。
彼は人気者だから、彼に対する好意やファン的行動などをチラつかせると、
他の人たちからイジメを受けている人をよく見かけた。
こういう人たちがいることを、彼は知っているのだろう。
きっと今頃、多少の人間嫌いにはなっているに違いない。
見ているだけの私でも、嫌悪感が拭えない。
私はただ、巻き込まれないように、そっと身を潜める。



「もしもしアヤ?今、大丈夫かな?」

高校を卒業してから1年経って、彼から電話があった。
そういえば、連絡先を交換していたんだった。
とはいっても、ケータイの使い方を教えてもらうために、
彼が一方的に自分の連絡先を登録したんだけど。

「ちょっと母さんと喧嘩しちゃってさ。・・・そっち、泊めてもらえないかな?」

気まずそうな彼の声。
相変わらず私の両親は共働きで、しばらく家に帰って来られないと聞いている。
彼の願いを叶えない理由は、なかった。



スキャンダル・パパラッチといった人達の目は避けてきたらしい。
一歩間違えれば不審者になりかねない格好で、彼はやってきた。

「ゴメンね、突然。ホテル行くより近かったし・・・アヤに会いたかったから。」

ふわりと見せた笑顔に、一瞬だけ困惑する。
確かに、直接会うのは、数年前以来だ。
メディアで何度か見かけてはいたけど。
でも、まるでカウンターシステムのように、私の心は閉ざされる。

『夕飯、食べた?今、作ってるけど』

「ううん、食べてない。アヤの手料理、食べたいな。」

手料理と言われても、そんな大そうなものは作れない。
それに今日は、少し冷え込んだから、クリームシチューを作っていた。
ホワイトソースを作りながら、台所から見えるソファーに座った彼と会話する。

『お母さんと喧嘩って・・・何かあったの?』

「あー、うん。かなりこっぴどくね~」

『家から出たくなるほど?』

「うん。」

『・・・・・。』

彼自身、家族と喧嘩したことは一度もないと思っていた。
家族についての愚痴を聞いたことはなかったし、仲が悪そうに見えたこともなかったし。
思わず考え込んでしまった私に対し、彼はうつろに天井を見上げながら、口を開いた。

「アイドルだの、結婚だの、ホント面倒だよ。うざいっての。」

それは、今までに聞いたことのない、彼の暴言にも似た吐露だった。
あまりの衝撃に、小麦粉をふるっていた手が止まる。

「俺がアイドルだからって、相応の人と結婚するべきだってさ。
 お見合い写真見せてきたんだよ。
 会うだけでも会ってみてとか、会えばいい人かもしれないとか、
 根拠のない言葉ばっかり。
 俺ね、ちゃんと母さんに言ったんだ。
 『俺には好きな人がいる、その人が結婚できる年齢になったら告白する』って。
 なのに、俺の主張はことごとく却下。
 ・・・俺、恋愛感情が関わることまで、親に支配されたくないからさ。
 だから、逃げてきた。」

言うだけ言った彼は、してやったりといった笑顔を私に向けて、Vサインを示した。
彼には、好きな人がいる。
やはり私は、一介の一般人でしかない。
幼馴染の私は、もうどこにもいない。
もう、彼に甘えられる時間は、彼と共に過ごせる時間は、少ないんだ。



「いただきま~す」

夕飯を作り終えて、私も彼と一緒に夕食。
明日も食べられるようにと、少し多めに作ってある。
足りるとは思うけど、一応おかわりもできるように。

「ん~、やっぱりアヤに作ってもらうのが一番いいなぁ」

『?』

「ほら、俺が猫舌だってわかってくれてるから。」

『・・・あー』

気づけば、当たり前のようにしていたことを指摘された。
事実、彼は猫舌で、私もあまり熱すぎるものは苦手。
それをわかっていたからか、無意識のうちに少し冷ましてからテーブルに並べていた。
でも、たったそれだけのこと、知っている人なら誰でも・・・

「正直ね、いろんな人に俺を知ってもらおうと思ったよ。
 けどさ、一度付けられた印象・イメージって、強すぎるんだよね。
 直してくれる人に出会えた例がない。
 紳士的で、声を荒げて怒らない、自分を勘定に入れない、誰にでも優しい?
 俺が願っていること、何もやらせてくれないくせにね。」

愚痴をこぼしている彼の様子は、まるで今まで誰にも吐露したことがないようだった。
ハッとして彼は、自分の口をふさぐかのようにクリームシチューをかきこむ。
当然、いきなり大量に呑みこもうとするのだから、むせた。
予想できる展開だったため、慌てずコップに水を注いで、彼に渡す。

「っはぁ!ありがと、アヤ・・・ふぅ。」

まだ呼吸が落ち着いていないため、そっと彼の背中をさすった。
すると、彼は私の方を見て、ふわっとした笑顔になる。

「ありがとう、アヤ。」

少しだけ、ドキッとした。
でも、一瞬芽生えそうだった感情は、すぐにかき消された。
誰にでもできることをしただけ、ただ感謝されただけ。
好意を・・・恋愛的な好意を抱かれたわけじゃない。
そして私も、そんな好意を抱いたって、無駄。



「ア~ヤっ」

夕食後のお風呂上り。
私が浴室から出てくるのを待っていたらしい彼が、声を掛けてきた。
その時、不意に体を圧迫するような感覚に襲われた。

「えへへ~、アヤ捕まえた~♪」

冷静に状況を確認すると、私は彼に抱きしめられていた。
妙に嬉しそうな彼に抵抗することもなく、とりあえずじっとしておく。
しかし、私を抱きしめる力は弱まるどころか、少し強くなった。

「アヤ。・・・俺、お見合いなんてしないよ。」

それは、辛そうな彼の声。
本当にしたくないんだと、声を聴くだけでもわかる。

「俺には、好きな人がいるんだ。絶対、その人と結婚したい。」

それは、意地を張った声。
決意と野望を孕んだような、そんな言葉。
彼に返す言葉に悩んだけれど、そっと、差し障りのない程度に言葉を紡いだ。

『その人と、一緒になれるといいね。』

「なるのっ!絶対!」

両肩を掴まれて、私に言い聞かせるかのように私に訴える。
真っすぐに私を見る彼の目はとても真剣で、ある意味子供のようでもあった。
ふと時計を見ると、時計は23:57を指していた。
明日は休日だからと、思いのほか起きてしまっていたようだ。

『明日、お仕事は?』

「ううん、ないよ。お休みもらったの」

『何か予定でも?』

「うん!すっごく大事なことだから、ね。」

すると、彼は時計を見やって、やや慌てたように自分のカバンを開いた。
何かを探している。
彼の事情には特別介入するつもりはなかったけど、不思議に思って尋ねてみた。

『何を探してるの?』

「あと2分っ!いやもう2分切ってるから!」

意味が分からなかった。

『アヤ!日付変わっちゃった!?』

「・・・あと6秒」

『えっとぉ・・・あ、あった!よかったぁ・・・!』

カバンから引き抜かれた彼の手には、何かの小箱が握られていた。
それを私の前にまで持ってきて・・・え?

「ア~ヤ。・・・んと、お誕生日おめでとう!」



彼にそう言われて、少し呆然としてしまって。
混乱のあまり、無言でカレンダーを確認すると、確かに私の誕生日に違いなかった。
すっかり忘れていた。
わざわざ日付が変わった直後に、誕生日を祝ってもらえるとは。
・・・でも、嬉しかった。

「あのね、アヤ。これ、誕生日プレゼント。」

『・・・ありがとう。・・・・・開けても、いい?』

「うん。ぜひとも」

彼から受け取った小箱は、手のひらに乗るサイズで。
何かのアクセサリーかキーホルダーだろうという予想はできた。
プレゼントがもらえるとは思っていなかったから、自然とワクワクした。
包みを丁寧にほどくと、なんだか高級そうな箱が出てきた。
ゆっくりを箱を開けると、そこには・・・・

『!・・・指輪・・・』

綺麗なシルバーの指輪があった。
ダイヤと思しき宝石の付いた指輪。
庶民的な考え方をすれば、ダイヤの付いた指輪なんて、結婚指輪くらいなもので。
でも、そんな期待は、消さなくちゃいけないものだと、認識しようとした、その時。

「アヤ」

彼に名前を呼ばれて、正面にいる彼に意識を向けた。
消さなければならない期待は、まだ私の中にある。
すると、彼は私の手にあった指輪と、私の左手を掴んだ。

「今日からアヤは、俺の奥さんになります」

左手の薬指に嵌められたそれは、光を反射して、キラキラと輝く。
そして、彼とはもう、今までの関係ではなくなったことを主張する。

「幼馴染でも、ファンの女の子でもなくって、俺だけの奥さんだよ。」

全部、消していたと思っていた。
淡い期待も、彼への特別な思いも、全部消したと思っていたのに。
胸の奥からこみ上げてくる熱が、思い込みを全て否定していく。

「愛してる、アヤ。俺の大好きな人。」

伸ばされた彼の手が、私の頬に触れる。
近づけられていく彼との距離を離すことなんて、私にはできなくて。
いや、離す必要なんて、考えられなかったし、考える必要もなかった。
私も、彼を愛していたから。

「ん・・・・・アヤ。大好き♪」

屈託のない笑顔に応えるように、私の顔も笑みを浮かべた。
今までの私は、彼の幼馴染。
これからは、これからの彼の私は。
彼の隣で、彼とずっと一緒にいる、一緒にいられる。
自分の右手で包んだ左手には、特別を象徴する輝きが、まるで祝福を告げているようだった。





The End.
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